フロリダ州の緑色のオレンジ

以上のように、広告やディスプレイ、小売価格など様々な場面で、高品質のおいしいオレンジとオレンジ色とが強固に結びつけられてきた。しかし、必ずしも熟したオレンジが鮮やかなオレンジ色をしているとは限らない。あるオレンジ農家が「自然のいたずら」と呼んだように、気候や品種によっては、果肉が熟していても皮の色が綺麗なオレンジ色にならないこともある。

緑色の皮のオレンジ
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オレンジ色が完熟のオレンジの色だと認識するのは、果物の熟成の過程で皮の色が変化することが大きな理由の一つである。オレンジなど柑橘類は普通、熟すにつれて皮が緑からオレンジ色に変化する。この生理的現象のために、多くの消費者や生産者の間で、緑色は未熟なオレンジだという共通認識ができたといえるだろう。この緑からオレンジへの色の変化は、秋から冬にかけて夜に気温が下がることで促進される。

だが、アメリカのオレンジの一大産地であるフロリダ州では、オレンジの収穫期が始まる10月頃になっても比較的温暖なため、皮の色が変化しづらいのである。かといって、皮全体がオレンジ色に変化するまで収穫を待っていると、果肉が熟し過ぎてしまい食べられなくなるのだ。一方、アメリカのもう一つのオレンジ産地、カリフォルニア州では、その恵まれた気候のため、オレンジは果肉が熟すのに合わせて一定したオレンジ色に色づく。つまり、栽培環境や生体的な条件、品種によっては、必ずしも皮のオレンジ色が果肉の熟し具合を表しているわけではないということである。

アメリカでは「緑色のオレンジはオレンジにあらず」

フロリダのような現象は、東南アジアや日本では九州地方などで見られ、例えば日本の場合、「早生みかん」として緑色が皮に残った状態で売られている。東南アジアでも、時期によっては緑色のみかんが一般的に市場で売買されている。これらの地域では、緑色とオレンジ色の違いは、収穫時期や品種の違いとして生産者も消費者の多くも理解しているのに対し、アメリカでは、緑色は熟したオレンジの色ではなく、市場に出しても売れないと考えられていた。

これは、後述するようにカリフォルニア州とフロリダ州とのオレンジ市場をめぐる競争が関係していると考えられる。つまりオレンジの「自然な」色(オレンジ)と「不自然な」色(緑)という線引きは、自然界の生体的変化・特徴によって規定されているとともに、市場に出回るオレンジの種類や宣伝広告など、経済的・文化的産物としても構築されてきたといえるだろう。

カリフォルニアではオレンジの収穫時期(冬から春にかけて)を通してオレンジ色に色づいたオレンジを安定的に出荷できるため、フロリダの農家たちは、自分たちも綺麗に色づいたオレンジを作らなければ全国市場で太刀打ちできないと考えていた。

19世紀末から20世紀初頭にかけてこれら二つの州が、アメリカ全土のおよそ80パーセントのオレンジを生産しており、1920-30年代にはフロリダが約38パーセント、カリフォルニアが54パーセントの生産量を占めていた。当初は、フロリダオレンジの市場は地理的に比較的近い地域、主に北東部が出荷先だったのだが、オレンジの消費量が全国的に増加すると、フロリダの農家たちは市場拡大に乗り出した。

しかし、フロリダの農家はこぞって、カリフォルニアに近い地域では自分たちの果物は売れないだろうと悲観的だった。カリフォルニア州内やその近隣地域の消費者は、見た目が綺麗なオレンジ色のカリフォルニアオレンジに馴染みがあるため、色づきがそれほど良くないフロリダオレンジには見向きもしないだろうと考えられたのである。

フロリダのオレンジ農家の一人は、カリフォルニアオレンジはフロリダよりも「見た目が良い」ため、フロリダの農家たちは「輝くような上等のオレンジ作りにもっと注意を向けるべきだ」と述べ、鮮やかな色のオレンジを生産することがカリフォルニアに対抗する手段だと訴えた。他の農家の間にも、フロリダの気候や土壌は「香りが良くジューシーな」オレンジを作り出してくれるが、その条件こそが果物の色づきを悪くしていると考える者もいた。