あえてくすんだオレンジのイラストを広告に掲載

フロリダでは、そもそもこの色の問題――オレンジは明るいオレンジ色が高品質だという認識――はカリフォルニアの柑橘業者、特にCFGEが作り出したものだという見方があった。アメリカでオレンジを珍しい高価な果物から、より一般的な日常食へと変化させたのは、CFGEの広告キャンペーンによるところが大きかったためである。

久野愛『視覚化する味覚』(岩波新書)
久野愛『視覚化する味覚』(岩波新書)

フロリダの農家たちは、CFGEは柑橘業界全体の発展に寄与した立役者だと認めていた一方で、CFGEの広告はオレンジのカラフルなイラストを使うなど、見た目、特に色を強調していたため、「アメリカの消費者は、味や栄養価、ジューシーさなどは無視して、ただ皮の色だけを見てオレンジを買うよう[CFGEに]教育されてしまった」と批判した。

これは必ずしもフェアとはいえず、実際、CFGEは、オレンジに含まれるビタミンなど栄養面などについても広告を用いて消費者を「教育」していた。だが、このようなカリフォルニアへの批判から、フロリダ農家らがオレンジの販売・マーケティングにおける色の重要性をいかに理解していたかが見て取れるだろう。

カリフォルニアオレンジに対抗するため、フロリダでは、色の重要性をあえて強調しない宣伝も試みられた。例えば、1936年に『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』に掲載されたフロリダオレンジの広告では、女性がオレンジを両手に一つずつ持っている白黒のイラストとともに、「グレープフルーツやオレンジは見た目(looks)ではなく、感触で(by feel)買おう」という謳い文句を掲載した。フロリダオレンジは他の地域のものより「4倍もの果汁」を含んでいるので、手で持てば重量感がある。そのため、ジューシーでおいしいオレンジは色ではわからないのだ、というメッセージが込められていた。

さらに、見た目が完璧ではなくともオレンジの味やジューシーさには影響しないことを伝えるため視覚にも訴えた。フロリダ産オレンジのブランド「シールドスイート(Seald Sweet)」を宣伝した冊子や雑誌広告では、鮮やかに色づいたオレンジのイラストの横に、皮が灰色にくすんだものや小さな傷がついたオレンジが描かれていた(図表1)。そして、皮の色では「何もわからない」が、シールドスイートというブランド名が「全てを物語っている」として、見た目が悪くとも、ブランドが品質を保証していることを強調した。

【図表1】フロリダ産オレンジ「シールドスイート」の1930年代の販促用冊子

「正しい」色と味の関係は必ずしも正しくない

このように、フロリダのオレンジ農家らは、様々な手段を用いて、消費者が思い込んでいるであろう、オレンジの「正しい」色と味の関係が、必ずしも正しくはないことを訴え、理解を促そうとした。

フロリダの農業生産者らは、カリフォルニアとの激しい市場獲得競争に直面したことで、自分たちが考える「自然な」「熟した」オレンジの色をオレンジの皮に投影していたともいえる。こうした手段をとらざるをえなかったのは、広告や果物の等級、小売価格などを通して、消費者のみならず生産者や小売・卸売業者らの間でも、果物のあるべき色・品質の高い色という認識が次第に画一化され作り出されてきたからでもある。

農産物の大量生産が進み、市場が拡大することで、競争力を強化する手段として、ある特定の色を作ったり管理したりすることが不可欠になってきたのである。

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