※本稿は、牧野知弘『家が買えない 高額化する住まい商品化する暮らし』(ハヤカワ新書)の一部を再編集したものです。
昭和のサラリーマン社会の名残り
戦後に顕著になったサラリーマンによるマイホーム取得は、都心部にある職場への「通勤」という前提のもとに形成された。多くの会社は朝9時に出社し、夕方5時か6時まで勤務することを雇用条件にしている。
もちろんこれは原則で、実際は9時よりも前の早朝からの勤務を事実上要求している会社も多いし、残業をしないで定時ぴったりに帰宅の途につけるサラリーマンは働き方改革が進んだ現在でも少ないだろう。
特に昭和のサラリーマン社会では、長時間残業はあたりまえ、上司が帰宅するまで部下たちが「お先に失礼します」と挨拶して退勤することを良しとしない環境が長く続いてきた。いまだに定時すぐに帰宅することに対して、気を遣わなくてはならないサラリーマンも少なくないだろう。そこには、日本企業が従業員に求めてきた滅私奉公の精神が見て取れる。
忠実に職務を遂行することを第一に求められるサラリーマン社会の基本から考えれば、住宅選びにおいても、忠誠を誓う会社への通勤がいかにスムースにできるかが優先事項となる。
「通勤時間ファースト」になるしかない
家から最寄りの駅までどのくらいか、駅で電車に乗って都心までどのくらいかかるか、途中何回乗り換えるか、乗り換えに要する時間はどうか、到着駅から会社のあるオフィスビルまではどのくらいか。これらをすべて合わせた「通勤時間」が最大の関心事となる。
多くの鉄道では、日中の所要時間が朝夕のラッシュ時間帯のそれとは異なる。ラッシュ時は運行本数が多くてスピードが鈍るのと、停車する各駅での乗客の乗降に時間がかかるからだ。通勤するサラリーマンは通勤距離だけでなく、通勤時間帯の運行本数、乗車時間、通勤に要する体力などのチェックポイントを念頭に置きながら住宅地を選ぶことになる。
少しでも早く会社に到達するためには、普通電車よりも急行や特急を選択する。だから、急行停車駅が最寄りの住宅地は人気が出る。鉄道会社も乗客の需要に合わせ、通勤特急などのラッシュ時特別電車を運行する。