わいせつ医師の処分厳格化を検討

刑法を変えることに比べると、既にある法律の条文を正しく運用させるということは容易のはずでした。しかし、ここはまさに侵してはならない聖域だったのです。

米田倫康『ブラック精神医療 「こころのケア」の不都合な真実』(扶桑社新書)
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厚生労働省の担当部署には何度も直接交渉しました。国会議員や報道関係者にも理解をもたらし、あの手この手でアプローチしました。しかしどうやっても役人は動きませんでした。医師や医師会に忖度そんたくしているのか、処分のために事実確認する必要が生じるのを避けたいのか、行政処分に不満を持つ医師の提訴を恐れているのかは正直分かりません。とにかく担当者たちは「医師としての品位を損するような行為」を解釈して処分を下すことを頑なに避けていました。

処分の基準を明確にしないまま行政処分を下した場合、行政側に不都合が生じることがあります。係争になった場合に処分が不当だと判断される可能性があるからです。精神保健指定医の処分の際にも、処分に不服を訴える精神科医たちからその点を責められ、厚生労働省は痛い目に遭った経験があります。ですから、私はまずは処分の基準を明確にすることを提案しました。具体的に、患者に対するわいせつ行為を「医師としての品位を損するような行為」として処分対象に含めることを求めました。

民事裁判記録も活用する動きに

あきらめないでアプローチを続けた結果、ようやく厚生労働省に動きがありました。読売新聞2021年6月11日朝刊でも「患者にわいせつ行為の医師、処分厳格化を検討…民事裁判記録も活用」とする記事が載りました。

患者にわいせつ行為をした医師や歯科医師に対し、厚生労働省が免許取り消しなどの行政処分の厳格化を検討していることが10日、分かった。現状では、原則、わいせつ事件などで罰金刑以上の刑が確定した場合に医師らを処分してきたが、今後は民事裁判で認められた事実関係なども活用して処分できるよう、処分指針を見直す方針だ。

医師法などは、罰金以上の刑が確定した場合、厚労相の諮問機関「医道審議会」の意見を聞き、医師らを行政処分するよう規定。「医師(歯科医師)の品位を損する行為」を行った場合は刑事罰なしでの処分も可能だが、事実認定が難しく、事実上、処分の対象外となってきた。

一方で、わいせつ事案で示談が成立し、不起訴処分になった精神科医がすぐに診療を再開するなどのケースを問題視する声が与党から上がっていた。

このため厚労省は、医師や歯科医師の立場を悪用して診察時に体を触るなど、処分対象となる行為を例示し、刑事裁判が開かれなくても、民事裁判の記録などでわいせつ行為が確認できれば処分できるというルールを明確化する方針。

2021年7月1日に開催された医道審議会医道分科会において、わいせつ精神科医に対する処分の基準が諮られました。「医師(及び歯科医師)としての品位を損するような行為」について、その定義や考え方を決めることになるため、結論が出るにはもう少し時間がかかりそうですが、ようやく最初の重い扉を開くことができました。0が1になった瞬間でした。

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