徹底して死から遠ざけられたお釈迦さまの幼少期
お釈迦さまは、永らく子に恵まれなかった釈迦族の国王、シュッドーダナと、母マーヤの間に生まれた待望の王子でした。
父、シュッドーダナ王は、それはそれは喜んで、盛大な祝宴をひらき、著名な占星術師に王子の将来を占わせました。
すると占い師は、「この子は将来、偉大なチャクラバルティン(国々を統治する者)になるか、ブッダ(世を捨てて、光明を得たもの)になるかの、どちらかです」と予言したのです。
さらに、母マーヤが、お釈迦さまを産んで間もなく、死んでしまうという悲劇が起こります。
気落ちした父、シュッドーダナにとって、王子の成長だけが頼りでした。
自分の王位を継がせ、当時林立していた国々を統治する、偉大な王になってもらいたいと、強く願ったのでした。
王にはそのために、絶対に阻止しなければならないことがありました。それは、占い師が予言した、我が子の将来についてのもう一つの可能性、「ブッダとなるべく出家してしまうこと」でした。
占い師は知っていました。「死」に気づいたもの、死の現実を受け入れたものには、根本的なシフトが訪れる可能性があることを。
そこで王子は、あらゆる贅沢と快楽を与えられ、徹底して「死」を知らされないように育てられました。
季節ごとの別荘が用意され、学問、武芸、あらゆる知的好奇心が満たされ、若くて美しい女性たちに囲まれた甘美な生活が、王子の日常でした。
その裏では、老いや死という現実を王子に悟られないように、徹底した配慮がなされました。
王子の生活空間に老人が入ることは許されず、王子が散歩する庭からは、枯れ葉や萎れかけた花などが取り除かれました。
王子の外出時には、その通る予定の道に横たわる、乞食や老人、病人や死者、死者を送る行列までもが、追い払われたといいます。
29歳で出家することになった“ある出逢い”
しかし、そのような「生の現実」へのごまかしが、賢い王子にいつまでも通用するはずがありません。
立派に成人し、公務に出かける機会も増えた王子は、ある日その道中で、それまでの人生において、見たこともなかった、病人や、老人や、死人を目の当たりにしたのでした。
誰もがいつかはあのように、老い、病み、死んでいく。どんなに甘美な生活を楽しんでも、どんな大国の王になっても、どんな財宝に恵まれていても、それらは永遠に続くものではない。
激しく動揺した王子は、その後の外出時に、沙門と呼ばれる、出家僧を見かけます。
沙門の品格と清らかさに満ちた、堂々たるありよう。
その御姿に心打たれた王子は、城を出る決意をします。29歳の年でした。
出家した王子は、ヨガのマスターに師事したり、あらゆる荒行、苦行に励んだりします。
それでもなお、苦悩を離れられなかった王子は、自分の外に解決を求めて動き回るのをやめ、一本の大木の元に座して、自分の内側の苦悩と、徹底して向き合ったのでした。
そしてついに、ブッダ(目覚めたもの)となられたのです。35歳のときでした。
以降、80歳でお亡くなりになるまでの約45年間。ブッダが各地を旅しながら、先々で人々の悩みに答え、弟子に説いた教えが、仏教です。