東京・品川駅のディスプレイに映し出された「今日の仕事は、楽しみですか。」という広告がSNSで批判を集めた。翌日には広告の掲載主が謝罪し、掲載を終了している。文筆家の御田寺圭さんは「これは広告の“つかみ”の部分に過ぎない。この程度の表現で批判を起こす人々と、企業側の弱腰が二人三脚になって、社会の閉塞感を加速させているのが社会の現状だ」という——。
2021年7月28日、東京都内の駅でマスクを着用する通勤者たち。コロナウイルスの1日あたりの新規感染者数が過去最高の2848人に達したことが発表された翌日のこと。
写真=AFP/時事通信フォト
2021年7月28日、東京都内の駅でマスクを着用する通勤者たち。コロナウイルスの1日あたりの新規感染者数が過去最高の2848人に達したことが発表された翌日のこと。

「あまりにも風刺が効いている光景」だった

——なにげない問いかけが、たちまち大きな炎となった。

きっかけは10月4日、東京のターミナル駅のひとつであるJR品川駅の長いコンコース、SNSでの通称は「社畜回廊」のディスプレイに表示された「今日の仕事は、楽しみですか。」という広告だ。

これはユーザベースグループのアルファドライブが展開する「AlphaDrive/NewsPicks」によるものだ。「今日の仕事は、楽しみですか。」という言葉がずらりとディスプレイに並んでいる画像を、アルファドライブCEOがツイート。その画像がSNSで拡散された(※投稿はすでに削除されている)

本プロモーションで日経産業新聞に出向されたメッセージ広告(画像=ユーザベース「AlphaDrive、NewsPicksとの法人向け事業を強化・リブランディング」より)
本プロモーションで日経産業新聞に出向されたメッセージ広告(画像=ユーザベース「AlphaDrive、NewsPicksとの法人向け事業を強化・リブランディング」より)

私も拡散された画像を見たひとりだ。「今日の仕事は、楽しみですか。」——と、何枚ものディスプレイにずらりと表示されているその光景は圧巻の一言だった。だれひとりとして顔を上に向けて広告を見ておらず、ややうつむき加減で会社へと急ぐ群衆とのコントラストが相まって、この写真にはひとつの社会風刺的なアート作品としての雰囲気すら漂っていた。

私はあまりにも風刺が効いている光景に思わず笑ってしまった。「仕事意識の高い人が、失意のなか通勤する人が多いであろう朝の品川駅の雰囲気にそぐわないポジティブなキャッチコピーを掲載してみたところ、偶発的にディストピアっぽい画が撮れてしまった」という顛末は(広告出稿者の本来的な意図とはまったく違うだろうが)これはこれでひとつの「芸事」としては綺麗にオチがついている。

「仕事がつらい人の気持ちをまるでわかっていない」と非難の声

ところが、私のように「クスっと笑えるネタ」という感想を持った人はそれほど多数派ではなかったようだ。

広告出稿者のツイートに添付された写真をタイムラインで見つけたSNSの人びとは、心中穏やかではなかったようだ。広告の全体像を知ることなく、このキャッチフレーズのみが広告のすべてだと早計に勘違いしてしまったせいもあるのだろう。広告に対して多くの非難の声が寄せられ、たちまち「炎上」状態になってしまったのである。

「自死を迷っている人に『最後の一押し』をする表現だ」
「仕事がつらい人の気持ちをまるでわかっていない」
「大勢の人が不快に思っているのだから取り下げるべきだ」
「こんな表現は社会的に許されるものではない」

といった憤りの声が相次ぎ、当初1週間の掲載を予定していたところ、わずか1日で広告を取りやめることになった。また、企業のページおよび代表ツイッターアカウントには謝罪文も掲載された。

——そう、すっかり令和の風物詩としておなじみの「キャンセル・カルチャー」である。