残された社員に辞めた社員の分の業務量が降ってくる

もちろん会社側も残ってほしい社員は慰留する。2012年に早期退職者募集を実施した大手電機メーカーの人事担当役員は「それでも流出は避けられない」と指摘する。

「部門の統括部長が残ってほしい人には個別に面談し、会社の意向をきちんと説明し、早期退職募集に応募しないように説得しましたが、それでも辞めていく人がかなりいました。募集のニュースはリリースを通じて外部に伝わりますし、トップクラスの優秀人材にはヘッドハント会社から数多く声がかかります。残ってもらうために賃金を上げるなどの措置はとっていませんし、早期退職募集を契機に辞める人が出るのはしかたがない。辞める人は辞めるし、引き留めるにしても限界があります」

優秀人材の流出が避けられないだけではなく、これまでの早期退職者募集のケースを見る限り、いくらセカンドキャリア支援と言われても、前向きに手を挙げる雰囲気は感じられない。もちろんヘッドハント会社を通じて何社からもオファーを受け、大金を積まれれば別の話だが。

早期退職者募集によって辞めてほしくない人材を含めていなくなると、残された後輩に業務量などの負荷がかかる。前出のA氏はこう語る。

「同じ仕事をしている人が2人いた場合は、成績の悪い人が退職勧奨のターゲットになりますが、そうでない場合は代替可能かどうかで判断されます。多くの部署では3人で2つの仕事をしているか、2人で1つの仕事をしているので1人減らされると、1人で1つの仕事を引き受けるので業務量が増えます。さらに、その人がいなくなると回らなくなる仕事を抱えていた人まで自ら手を挙げて辞めてしまうと、残された人たちの負荷は相当のものだと思います」

「愛社精神とは、自分と関係する“人間集団が好き”ということ」

それだけではない。先輩たちが複雑な思いを抱えて職場を去って行くのを見ている後輩たちも当然、精神的ショックを受ける。中には「課長がいなくなって自分にそのポストが回ってくる」と喜んでいる人もいるかもしれないが、そういう人ばかりではない。

入社後のOJT(職場内訓練)や「ブラザー(シスター)メンター制度」を通じて育まれた先輩指導員や上司との公私にわたるつながりはその後も生き続ける。仕事に対するやりがい、働きがいは職場の良好な人間関係によって醸成される場合も多い。

オフィスで談笑
写真=iStock.com/imtmphoto
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それが意に反して辞めていく先輩を目の前にすると「自分はこのまま会社で働き続けられるのか、明日はわが身かもしれない」という不安感にさいなまれ、仕事に対するモチベーションが下がる人も発生する。

社員の会社に対するロイヤルティ(忠誠心)の高さで表彰されたことのある企業の人事部長が、愛社精神についてこう語ってくれたことがある。

「愛社精神、つまり会社が好きというのは、企業文化や経営者がどうのというより、自分と関係する“人間集団が好き”ということなのです。尊敬すべき上司や信頼できる同僚の存在が大きいのです」

そうした上司や同僚との関係が会社の方針によって一方的に絶たれると、愛社精神も自然に薄れていくだろう。

また、社員には培った知識やスキルを武器に転職し、キャリアアップを図りたいという人もいれば、今の職場の良好な人間関係の中で職業人生を全うしたいという人もいるだろう。年輩社員の中には自分を育ててくれた会社への恩返しの気持ちから後輩に技能を伝承したいと考える人も少なくない。

しかし、長期雇用を否定するリストラが頻繁に行われるようになると、職場や先輩と後輩の一体感が寸断され、チームワークにも影響を与える。

45歳以上をターゲットにする早期退職者募集は企業活動に影響を与えるさまざまなリスクを内包する。それは「45歳定年」が掲げる理想が、個人や会社にとって必ずしも思惑通りにならないことを示唆している。

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