マイクロソフトの新ソフト戦略

これまで見てきたように、日本のロボット技術はさまざまな分野で進化を遂げている。しかし今後、日本がロボット大国であり続けるにはどうすればいいか。そしてモノづくりの残されたフロンティアとして、産業がロボット化する時代の勝利者でいるには日本はどうすればいいか。大きな柱として2つのポイントが浮かび上がってきた。


安川電機が開発した7軸双腕型ロボット「MOTOMAN-SDA10」。

ひとつはロボットを制御する「ソフトウエア」の開発、もう1つは家庭などに入っていくサービスロボットの「安全規格」の標準化である。ロボットの要素技術は、センサーやアクチュエータ(駆動装置)などのハードウエアと、それらを制御するソフトウエアの2つに大別される。日本はハードの分野で競争力を保っているものの、ソフトの開発でアメリカの後塵を拝しているといわれてきた。

取材中、何人かの研究者から「マイクロソフト(以下、MS)がロボットの基本ソフト(OS)を開発している」との衝撃の事実を知らされた。「ロボティックス・スタジオ」と名付けられたOSで、まさにパソコンの世界を制覇したウィンドウズのように、ロボットのOSを握られると、それなしにはあらゆるロボットが動かなくなる可能性があるというのだ。

その話を聞いて、ソフト開発に弱い日本は、またアメリカに巨額の特許使用料を払ってモノづくりをしなければならないのかと思った。ロボットをひとつのコンピュータとしてとらえれば、カギを握るのはソフトウエアであり、パソコンの二の舞いになる不安に襲われたのである。

その点を確認してみたいと思い、ソフトウエア専業の富士ソフトを訪ねた。開発責任者を務める渋谷正樹・事業開発部ロボット事業推進室室長は、「MSのOSが今後どうなるかわからないが」と前置きして、こんな答えを返した。

「二足歩行のソフトだけなら3カ月でできますが、実際にロボットが動くソフトにするにはさらに半年かかります。ハードを動かすには、ねじれやひずみといった微妙な部分の調整が必要で、その対応に時間がかかるからです。とくにロボットの知能化技術は、OSより組み込みソフトの完成度がカギを握ります。車に組み込む搭載ソフトで世界一の水準にある日本は、ロボットのソフト開発でも十分競争力を発揮していけると思います」

パソコンの二の舞いになる不安は多少解消したが、ロボットがますます人間の頭脳に近づくにつれて組み込みソフトの完成度も飛躍的に高いものが求められる。ソフト開発の慢性的な人材不足に泣く日本が欧米や中国と互角に戦っていけるか、一抹の不安を感じないわけにはいかない。

一方、安全規格の問題はどうか。家庭やオフィスにロボットが入り、暮らしを支援したり、人に代わって仕事をしたりする機会が増えれば、安全性の向上が大きな課題になるのは確かだ。それに向け、国際標準化機構(ISO)を中心に進めているのが安全規格の標準化である。

最終的に雌雄を決するのは安全規格の国際標準化のような気もするが、日本で最初に二足歩行ロボットを開発した故加藤一郎早大教授の愛弟子である高西教授に、日本が取るべき戦略を聞いた。

「安全規格の問題は10年ぐらい前に始めておくべきだったと思いますが、今やるべきことは、ライセンス、インシュアランス、ブラックチップの3つだと考えています。ある程度スキルがないと車の運転ができないように、ロボットを扱う際のルールを身につけるための免許制度、万一事故が起きたときの保険制度、航空機にはブラックボックス(フライトレコーダー)の設置が義務付けられていますが、例えば過去一週間分の情報を記録しておくブラックチップの取り付け。これらで十分な安全を確保しながらロボットの普及を図るべき時期にきています」

確かに取材した企業の研究者から、「すでに製品は完成しているのに、万一の事故が怖くて市場に出せない」と嘆く声がしばしば聞かれた。その点をクリアしていかない限り、日本がロボット産業の本格的スタートの第一歩で大きく躓くことにもなりかねない。