ワクチンパスポートの議論は接種が行き渡ってからすべきだった
新型コロナウイルスのワクチン接種が進むにつれ、日本でもワクチン接種証明書(パスポート)を巡る議論が政治の場でも活発に取り上げられるようになってきた。日本よりワクチン接種が進む欧州ではすでにスポーツ観戦や演劇鑑賞、ナイトクラブ入場だけでなくレストラン入店でも利用されているが、導入前後にはさまざまな議論が巻き起こっている
コロナ対策が後手、後手に回った揚げ句の東京五輪・パラリンピック強行で、毎日新聞の8月28日の世論調査では、菅義偉政権の支持率は26%と最低を更新、不支持率は66%と過去最悪となった。菅首相は8月25日の記者会見で「9月12日の緊急事態宣言の期限について判断した先には接種証明書の積極的な活用の方法を含め、飲食店の利用、旅行、イベントなど、日常生活や社会経済活動の回復もしっかり検討する」と発言した。
加藤勝信官房長官も翌26日の記者会見で「接種の強制、接種の有無にかかる不当な差別的扱いがないよう留意しながら基本的な考え方を示す。国内で接種の事実を証明する際には接種済証を用意していただくことが可能だ。接種証明書は海外渡航向けとして各市町村にお願いをしている。年内にデジタル化できるよう検討を急いでいる」と付け加えた。スマホアプリを活用する電子証明書の発行を視野に入れている。
日本のワクチン接種は進んだとはいえ、他の主要な民主主義9カ国や中国に比べるとまだまだ遅れている(図表1)。接種が十分に進まない段階で政府が接種証明書を議論することは「接種の強制」(加藤官房長官)ととられる恐れが大きい。
十分なコロナ病床が確保できず、救急患者の搬送先が決まらない救急搬送困難事案が全国で週3000件を突破し、コロナ感染の疑い事例がその半数近くを占めている。入院・療養先調整中の感染者が3万2000人を超える中、接種証明書の議論に「ワクチンの展開とコロナ病床の拡充が先決」と憤りを覚えた有権者も少なくないはずだ。
自民党総裁選や総選挙を控えていた菅首相としては何とか有権者にコロナ危機の出口が近づいていることを印象付け、支持率の回復につなげたいという思惑があったのだろう。
物事には順序とタイミングがあるのだが、再選が危うくなっていた菅首相の目は完全に曇り、墓穴を掘ってしまった。結局、自民党総裁選への出馬を見送り、退陣に追い込まれた。リーダーが変わっても変わらなくても、ワクチン接種がさらに進めば、状況は改善する。その時に備えて水面下でワクチンパスポートの功罪を議論しておく必要がある。実際にワクチンパスポートが利用されている欧州の状況はどうなのか。