接種率を上げるための「アメ」も

英政府は当初、この10月からナイトクラブや混雑した屋内施設への入場にワクチンパスポートの提示を通じてワクチン接種を義務付ける方針だった。2万人以上のスポーツ会場での接種証明も義務化する方針を表明していたが、業界だけでなく、与党・保守党内からも「接種の有無で差別されたと訴えられる恐れがある」といった強硬な反対論が浮上した結果、最後の最後で棚上げされた。ワクチンパスポートを通じた接種義務付けについても見送られた格好だ。

しかし、この冬医療が再びひっ迫すれば、非常手段としてワクチンパスポート導入という選択肢は残されている。

毎回数万人を動員するサッカーのイングランドプレミアリーグでは各クラブで対応が分かれた。チェルシーがいち早くCOVIDパスの義務化に踏み切った一方で、マンチェスター・ユナイテッドやアーセナルはプレミアリーグのガイドラインに従い、無作為にCOVIDパスの提示を求めている。リバプールはすべてのサポーターにキックオフの24時間前までに迅速検査を受けることを勧めている。

英政府はまた、配車大手ウーバーや飲食宅配デリバルー、カーシェアリングなどモビリティサービスを提供するボルトと提携し、接種者に割引サービスを利用できるようにする方針も発表している。若者の接種率を上げるための「アメ」だ。サジド・ジャビド保健相は「ワクチンは命や地域社会を守るだけでなく、日常生活を取り戻してくれる。企業が健康データを保有することはない」と強調した。

ワクチンパスポートはデジタル格差を広げる恐れも

イギリスでは欧州連合(EU)離脱やコロナ危機をきっかけにスコットランド、ウェールズ、北アイルランドの各自治政府がイングランド(中央政府)とは異なるコロナ対策をとる傾向が強まった。特に2回目のスコットランド独立住民投票を目指すニコラ・スタージョン自治政府首相は、ボリス・ジョンソン英首相への対抗意識をあらわにする。

9月1日、スタージョン首相は感染拡大を抑えるため、10月からナイトクラブや屋内外の大規模イベントへの入場にはワクチンパスポートを必要とする方針を打ち出した。ナイトクラブや大人向け娯楽施設、500人以上の観客が集まる屋内の非着席型ライブイベント、4000人以上の観客を収容する非着席式の屋外ライブイベント、1万人以上が参加するあらゆるイベントが対象になる。

スタージョン氏率いるスコットランド民族党(SNP)と連立を組むスコットランド緑の党は「ワクチン接種をまだ済ませていない人への差別を深めることになる。障害や基礎疾患のある人、ワクチン接種の証明書を入手できない可能性のある南半球の途上国の人々に悪影響を与えないようにすることが不可欠だ」と配慮を求めた上で最終的に賛成に回った。

スコットランド緑の党が指摘するように、ワクチン接種が進まない途上国はまだたくさん残っており、ワクチンパスポートは南北格差をさらに広げ、固定化させてしまう。ロンドンで暮らす筆者もCOVIDパスの義務化に備え妻のスマホをグレードアップしたが、無駄な買い物に終わるかもしれない。デジタル化されたワクチンパスポートは日常生活や社会経済活動でのデジタルデバイドを広げる恐れは払拭できない。