50代息子が通販未払分や滞納家賃など100万円を肩代わり
深戸さんは、未使用・未開封の商品を確認し、約30社にものぼる通販会社に連絡したが、すべてクーリングオフの期間が切れており、返品は一切不可。ただし、「認知症の診断を受けた後、注文されたものであれば返品可能」と言われた。深戸さんは、家計が破綻していることを伝え、以後の注文を受けないように頼みこむ。さらに実家の郵便受けの鍵を付け替え、両親がダイレクトメールを受け取れないようにした。
しかし、両親の通帳を取り上げてからというもの、深戸さんを拒絶していたはずの母親によるお金の催促が激しくなっていった。通販や滞っていた家賃、光熱費などの支払いで深戸さんが100万円近く肩代わりしていたにもかかわらず、「通帳を返せ!」「年金を自分のものにしている!」と罵り、深夜や早朝にまで「金持って来い!」と電話してくる。数十枚に及ぶ督促状を突きつけても、へらへらと笑うだけ。
もともと良くなかった関係に認知の低下が加わり、一切の説得が通じない。深戸さんと母親は毎週のように大声で罵り合い、時には深戸さんが母親の髪の毛を鷲掴みにし、押さえつけることさえあった。
「父も、肺炎が回復してきた頃は母と一緒になって『通帳返せ!』『金持って来い!』とよく言いました。でも、あるとき私がカッとなり、父親に馬乗りになって怒鳴りつけてしまってからは言わなくなりました。元来、小心者の父は怯んだのだと思いますが、母が私に怯んだことは一度もありませんでした」
2020年5月、かかりつけ医の紹介で母親は脳神経内科を受診し、アルツハイマー型認知症と診断。その後、精神障害1級の認定を受けた。
オレンジチームとは何か
同じ月、前月に起きた肺炎が小康状態となり、症状がやや安定していた父親だったが、容体が再び悪化する。歩行障害に陥り、ちょっとしたことで転倒を繰り返すように。
一方、母親は突然何を思ったか、今までしなかった料理をし始める。しかし、味付けや鍋を火にかけていることを忘れてしまうだけでなく、結婚していることさえ忘れたようで、父親のことを「あの男は誰だ?」「あのお父さんは本物か?」と訪問看護師に訊ねたり、深戸さんのことを自分の妹の名前で呼んだりした。
ケアマネージャーに相談するも、「なにぶんお歳ですから……」と取り合わない。「埒が明かない」と思った深戸さんは、インターネットや書籍で介護の知識や情報を探り、「オレンジチーム」というものがあることを知る。
オレンジチームとは、認知症サポート医、医療・福祉・介護の専門職(看護師、精神保健福祉士、社会福祉士等)で構成され、認知症になっても、住み慣れた地域で生活できるよう支援してくれる認知症初期集中支援チームの通称。窓口は、各自治体の地域包括支援センターだ。
深戸さんが相談すると、オレンジチームの職員は訪問看護師に協力を仰いだ。訪問看護師たちは、かねてから「このケアマネの事業所は、明らかに認知症が進んでいる老夫婦を前に、何をやってるんだろう?」と呆れていたそうで、ケアマネージャーのプライドを傷つけないよう配慮しつつ、ケアマネージャー自らが動かざるを得ない状況を作ることで、上手く働くよう誘導。おかげでケアマネージャーは、深戸さんにマメに連絡をくれるようになり、両親の様子を見に行ってくれる回数も増えた。
「相変わらず介護サービスを増やす方向で勝手に話を進めたり、(自分の)報酬につながらない案件は避けたりするスタンスはその後も改善されず、ケアマネ変更の話も何度か出ましたが、それでもよく動いてくれたと今では感謝しています」