被災工場での現場経験をもつスタッフが意思決定
トヨタにはこうした蓄積があり、コロナ禍のもとでの対策本部に加わるスタッフの多くは、被災時の工場での現場経験をもつ人たちである。そのために対策本部では、情報システムを回すだけではない、経験ベースの意思決定を日々行うことができる。
トヨタではコロナ禍を受けて、生産・物流の対策本部にサプライチェーンの維持にかかわる意思決定の委譲を行っている。対策本部を問題解決に集中させるために、把握した状況や、決定した対策を、役員などの上層部に伝える報告書作成などは行わなかったという。社長をはじめとする役員たちが、状況や対策を知りたければ、対策本部の大部屋に出向き、説明を求める。
ファンクションを単位とした権限委譲
組織内の権限委譲は、災害などによる不確実性のもとで有効な経営の原則のひとつである。危機を受けて、国や地域など、地理的な範囲をより小さく絞って意思決定を行うことに切り替える組織は少なくない。
しかし経営の判断の有効性は条件しだいであり、危機のなかでの権限委譲をどこに対してどのように行うかを見誤ると、権限委譲は効果を発揮するどころか、組織をさらなる混乱に陥れる場合があることには注意が必要である。
コロナ禍のもとでのトヨタは、サプライチェーンについての地理的な範囲を絞る権限委譲は行っていない。トヨタの生産活動は、グローバル・サプライチェーンのなかで行われるようになっており、国や地域の各拠点の相互依存性が高い。
そのなかでトヨタは権限委譲を地理的な単位ではなく、ファンクション(機能)を単位に行っている。平時より生産と物流の危機対応の調査などにかかわってきた部門を中心とした対策本部に、サプライチェーンにかかわる意思決定の委任が行われている。この権限委譲を支えるデータベースやスタッフの専門性については、平時よりその充実がはかられている。