ホッファは労組のドンとして、まさに民主党の黄金時代を支える人物だった。第二次大戦後のアメリカの急成長の何もかもが上向きの時代に、マフィアと結託しつつ巨大な年金資金を運用し、私腹を肥やしながら、労組とマフィアが持ちつ持たれつで政治的影響力を行使した、という今の民主党のイメージからは似ても似つかない像なわけだ。

物語の語り手であるロバート・デ・ニーロ演じるフランク・シーランはアイリッシュ(アイルランド)系米国人でありながら、イタリア系マフィアのボスたちに深く信用され、ジミー・ホッファの右腕として裏社会の実務をこなす労組幹部。一トラック運転手から成り上がり、マフィアに忠誠を尽くす。フランクをマフィアの世界に引き入れたのはジョー・ペシ演じるラッセル・ブファリーノ。シチリア系移民として米国にやってきた彼は、テキスタイルの店からスタートして頭角を現し、幅広いシチリア系人脈を生かして泣く子も黙るペンシルヴァニア北東部のマフィアのボスに成長していく。

実在の登場人物たちの暗殺はつい最近のこと

『アイリッシュマン』の劇中の登場人物にはそれぞれ死んだ年と死因がテロップで付されるが、ほとんどは天命を全うしておらず、彼らが抗争で暗殺されたのもつい最近であることを痛感させられ、生々しさが漂う。

フランク・シーランの告白から、謎の失踪を遂げたジミー・ホッファが実は彼らマフィアの手によって殺されたことが明らかにされていく。そこにはクレイジーな時代を振り返る老年のフランクがいるわけだが、現代を生きる私たちでさえ、クレイジーすぎる現実を受け入れてしまうほどに、俳優たちはボスを好演している。

3時間半、身じろぎもせずに見入ってしまった。私の縁戚にもシチリア島出身のイタリア系がいる。もちろん、こんなディープな世界ではなく普通の家庭なのだが、親や伯父伯母の世代はみんなこの米国を生きていたのだ。米国の60、70年代を私は知る由もないのだけれど、そこにわずかに残っている何かを懐かしく思い出しながら、どっぷりとアイリッシュマンの世界に浸ったのだった。

【関連記事】
「製作費210億円のムーランが大コケ」中国依存を強めるディズニーの大誤算
なぜNiziUは世界を興奮させるのか…日本のエンタメが「韓国に完敗」した理由
薬師丸ひろ子の「3分間独唱」が朝ドラの歴史を塗り替えてしまった理由
妻子を捨てて不倫に走った夫が「一転して改心」した納得の理由
「自閉症は津軽弁を話さない」この謎に挑んだ心理学者が痛感したこと