台湾国民を目覚めさせた「同胞に告げる書」

19世紀以降、欧米や日本の帝国主義国群に食い荒らされた被害国。その屈辱のリベンジという側面もあろうが、こうした直情的な行動パターンは、かえって周辺国のみならず世界各国の脅威・反発・警戒心を呼び覚まし、中国自身にマイナスの効果を及ぼしているように見える。それらを圧倒する国力があれば別だが、米国の存在を考えればそうとも言えまい。

なのに彼らの強面外交は、将棋の基本に例えれば「3手の読み」——こう指す、相手がこう来る、そこでこう指す——の3手のうち2手目すら想定していないようにも見えてしまう。

最上の「核心的利益」として最も細心のケアが必要だったはずの台湾に対しては、2019年1月に「一国二制度が望ましい」等を含む恫喝まがいの「台湾同胞に告げる書」を発表したことと、香港への強圧的な介入が台湾人の恐怖心・警戒心を急上昇させ、今年1月の総統選で独立派の蔡英文総統の圧勝・再選を後押ししてしまった。

世界中で摩擦を引き起こした自業自得

対米関係も同様だ。中国と懇ろに付き合ってきた米国内勢力にトランプ大統領が取って代わり、貿易摩擦の範疇にとどまらぬ大国どうしの覇権争いが勃発した。そこへ今年、新型コロナウイルスのパンデミックが発生。発生初期の隠ぺい疑惑が濃厚な中で、中国のスポークスマンがなんと「米国の軍人がウイルスを持ち込んだ」可能性を示唆した。

これでトランプ大統領がさらなる対中強硬路線を進める契機をつくってしまい、今や自由主義諸国陣営と共産主義的全体主義国との「価値観の争い」という巨大な構図が出来上がりつつある。必然の流れだったといえなくもないが、米国を中心とする中国包囲網の形成は、少なくともあちこちで摩擦を頻発させた中国の自業自得ともといえる。

またオーストラリアにおける中国のスパイ活動の実態が元スパイ? によって告発され、メディアやネットの世論操作、政界・学術界への工作、台湾での世論誘導工作が白日の下にさらされたのも、オーストラリアに反中路線への明確な転換を促し、かつ他の国々にとってもわが身を振り返るタイムリーな契機となったと思われる。

大きな契機は10年前の「中国漁船衝突事件」

国外からの干渉には極めつきに鈍感な日本でも、与党の一部議員や野党議員、左派の大手メディアが、中国に利する方向にしばしば足並みをそろえていることが、一般市民レベルでも公然と語られるようになってきた。

その大きな契機となったのはやはり10年前、2010年の尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件だったと思われる。

事件そのもののインパクトもさることながら、中国漁船船長の釈放という不可解な政治介入や海上保安官(その後辞職)がYoutube上に掲載した衝突時の動画とで、日本の世論は完全に反中モードへ。さらに2012年9月の尖閣国有化とそれを契機に中国で起きた大規模な反日デモを経て、今に至るまで日本人のマジョリティの対中感情は変わっていない。中国が尖閣諸島を、台湾、チベット、南シナ海などと同等の妥協の余地のない「核心的利益」の1つとして公式に位置づけたのは、その翌年の2013年だった。

しかし居丈高でありながら、それとは裏腹な「本当は何がやりたいんだ?」と頭をひねりたくなるちぐはぐさが、中国の言動には常につきまとう。彼らの行動原理をうまく説明できないものだろうか。

中国の一省庁の出過ぎた振る舞い

意外にも、中国の海洋進出時の振る舞いは、2000年代前半にはさほど傍若無人ではなかった。南シナ海の近隣諸国との協力関係を進め、ベトナム・フィリピンとは資源の共同開発まで合議しており、ASEAN諸国の“中国脅威論”は一時沈静化されていたという。ところが、2000年代後半になって中国は南シナ海で実効統治を拡大し始めた。スプラトリー諸島で大規模な埋め立てを開始したのも、やはり2013年末からだ。

なぜ、中国は行動をガラリと変えたのか。共産党中枢の心変わりや気まぐれとは言えぬ部分がありそうだ。

昨年11月刊の益尾知佐子著『中国の行動原理』(中公新書刊)によれば、中国の海洋部門の主管部門となってきた「国家海洋局」が、日本でいえば省庁の「庁」レベルの存在ながら政治的な地位を急上昇させ、それが2007年ごろからの海をめぐる緊張を高めた原因となったとしている。要は、国内政治の矛盾や停滞を利用して権益を拡大させた一省庁の出過ぎた振る舞いが、かえって海をめぐる中国一国の外部環境を悪化させた、というわけだ。