自然体で心にすんなりと届くメルケル首相、お役人文体の安倍首相

メルケル首相は、視聴者の目をみて、ゆっくりしっかり、噛みしめるように話す。穏やかな人柄が伝わってくる。しかし、言っていることは厳しい。多くの人びとに、犠牲と忍耐を強いることだから。自由と権利を制限することだから。そして、それでも人びとの命が失われるだろうことだから。

人の生き死にに関わることが、真面目でないわけがない。人びとの生活の根本に関わることが、真面目でないわけがない。政治は、人びとが大事にする価値の根本に関わる、真面目なことがらである。メルケル首相のスピーチを聴いていると、そういう政治の原点に立ち戻るような気がする。

真面目な、政治の原点。それをもう長い間、忘れていたのではないだろうか。

また、メルケル首相のスピーチは、自然体である。誰でもわかる自然な言葉で語っていて、スーパーの話とか、祖父母に孫がメッセージを送る話とか、ふつうの人びとの感覚でできている。「りっぱな演説をしよう」と、力んでいるところがない。人びとの頭のなかに、そして心に、すんなりと届く。そして人びとは、そうか、そう考えるのかとか、そう行動すればいいのかとか、わかる。

一方、わが国の安倍首相はどうか。プレジデントオンラインで以前書いたように、私が緊急事態宣言のスピーチ全文(約5600字)に関して、言い訳や余計な説明を省いて添削したところ、文量を約半分にまで短くすることができた

どういった点を削ったのか。お役所が好む「ただし書き」のたぐいは削った。「ただし書き」は、言い訳である。役人が責任を取りたくないときに、つけ加える。いや、もうこれは役所の習慣で、それ以外の文章の書き方がない。本人は、責任を取りたくないので「言い訳」をしているという意識すらないかもしれない。なお恐ろしい。

信頼を獲得するリーダーシップの秘訣とは

メルケル首相は、外出制限にともなう補償が、人びとに行き渡るようにすばやく行動した。パートやアルバイトのひと、芸術家や音楽家も、生活費がすぐ振り込まれた。

橋爪大三郎『パワースピーチ入門』(角川新書)
橋爪大三郎『パワースピーチ入門』(角川新書)

こういう政治の基本を守っている点が評価されて、メルケル首相の支持率がぐんとアップした。

メルケル首相は、人気取りでスピーチをしたわけではない。ただ、必要なことを言い、適切な行動をとっただけだ。

そういうリーダーを、人びとは信頼する。そして、政治が機能する。

そういうリーダーを、うみだすのはパワースピーチだ。パワースピーチが世の中をよくする。世の中を正しくする。そういう希望を、メルケル首相は与えてくれている。

メルケル首相を含む、リーダーたちのパワースピーチについて、『パワースピーチ入門』(角川書店)で詳しく書いた。ぜひ、参考にしてほしい。

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