※本稿は橋爪大三郎『パワースピーチ入門』(角川新書)の一部を再編集したものです。
混迷の時代に求められるパワースピーチとは
この世界には、パワースピーチというものがある。
スピーチのなかでも、飛び切りのスピーチ。これから何が起ころうとしているのか、聞く側がこれからどう行動すればよいのか、はっきりするスピーチ。
目標がわかる。勇気が湧いてくる。危機の時代、混迷のさなか、人びとがリーダーから聞きたいと思っているのが、パワースピーチだ。パワースピーチの実際を、掘り下げよう。
日本は、パワースピーチの話し手が少ない。とくに、政治的リーダーに少ない。これが大きな弱点になっている。
以前、プレジデントオンラインで「安倍首相のスピーチが『言い訳ばかり』に聞こえる根本原因」という記事を書いた。新型コロナ感染拡大を受けて、4月7日に発出された安倍晋三首相の緊急事態宣言のスピーチ内容を分析した。
緊急事態宣言を全部読んだ時の印象は、いろんな内容を詰め込みすぎ、というものである。長すぎる。そのため、メッセージの本筋がはっきりしない。「しかし」「けれども」など留保が多くて、歯切れが悪い。もっと言いたいことを、ストレートに言えばよい。結果的に、安倍首相は国民に何を言いたいのかわからないところも多かった。
コロナ危機は、各国のリーダーにとって試金石になった。指導力を発揮して、人びとの信頼をかちえたリーダーもいる。いっぽう、その任に耐えず、評価を下げたリーダーもいる。緊急時にこそリーダーは、資質や人間力を問われるのである。
コロナ禍以上の緊急時である戦争で、リーダーが発した言葉
戦争は、緊急時の最たるものである。突然の開戦。迫りくる危機に、国を率いて戦ったリーダーの代表格は、ウィンストン・チャーチル(1874~1965)である。チャーチルは数々の、すぐれたスピーチを残した。およそリーダーたらんとする者は、これをお手本にしなければならない。
では、どんなスピーチをしたのか。1939年9月3日のイギリス下院での演説を、とりあげてみたい。