なぜ、チャーチルのスピーチは世界を動かせたのに安倍首相は……

チャーチルのスピーチは、力強い。いまどうしても言うべきこと、伝えなければならないことを、言い切っている。そして、余計なことを一切言わない。この思い切りが、すばらしい。

余計なこととは何だろう。チェンバレン首相は、対独宥和ゆうわ政策をとり、ヒトラーに騙されて、恥をかいた。チャーチルは戦争屋と言われ、批判が多かった。だが、済んだことは言わない。いまは一致団結のときなのだ。

チャーチルは軍事に詳しく、戦争が予断を許さないことを知っている。詳しいことはいくらでも言えるが、言わない。いまは、「われわれ」をつくるときだ。そういう意識を持ってスピーチをしたはずだ。

それでは安倍首相の緊急事態宣言についてのスピーチはどうだったか。約25分間にわたるスピーチを文字に起こすと約5600字。プロの手は入っていたが、言い訳や力みのフレーズが多かった。余計なことや言わなくてもいい内容が目立ち、私が添削すると約半分に削ることができた。このスピーチは「われわれ」をつくることができただろうか。

私たち現代人は第二次世界大戦の顛末を知っている。フランスはあっと言う間に降伏した。イギリス空軍はドイツ空軍を圧倒し、イギリスを守った。ドイツは中立条約を破ってソ連に攻め込んだが、ソ連は持ちこたえた。ヒトラーはベルリンで自殺した。

5ポンド紙幣に描かれたウィンストン・チャーチル
※写真はイメージです(写真=iStock.com/johan10)

イギリスは勝利した。でも、前述のスピーチの当日、人びとは混乱していた。予想もしない出来事が起こって、どう考え、どう行動したらよいか、わからなかったからだ。

スピーチは、現実を定義する。現実を記述するのではなくて、現実をつくりだす。スピーチのおかげで、世界がこうなっているのかと、言葉で理解できるようになる。

チャーチルはこのあとも、いくつも重要なスピーチをして、イギリスを勝利に導いた。リーダーとしての任務をまっとうした。

危機のとき、リーダーはどのように行動すべきか、チャーチルは理解していた。覚悟と準備があった。それを、スピーチに結実させた。だからチャーチルのスピーチは、以後、リーダーの模範となっている。

リーダーが、その時々にどんなスピーチをしたか。それは、人類の財産である。とくに大事なスピーチは、パワースピーチとして、記録しておくべきだ。