富裕層はパンデミックに恐怖を感じていない

これまで、大規模な破壊の後に訪れた「富裕層課税」への社会的合意は、彼ら富裕層自身が抱く「恐怖心」が大なり小なりその原動力となっていた側面がある。

たとえば、帝政ロシアを終わらせ、同国内の貴族階級の多くを血祭りにあげた「ボリシェヴィキ革命」の衝撃は、西欧各国の支配者層や貴族階級の人びとを震え上がらせ、彼らに再分配の合意形成を促進した。西欧の特権階級の人びとは、自分たちが第二のロマノフ家になることを恐れたのだ。

だが、21世紀のパンデミックでは、テクノロジーや社会システムの進歩が彼らをそうした「(ウイルスの)恐怖」からも多かれ少なかれ解放してしまったかのように見える。大衆が不安と恐怖でパニックになっているさなか、一方で大金持ちたちはパンデミックを比較的冷静に眺めている。

私自身を例にすれば、いま、フランス北西部ブルターニュの別宅にいます。感染が広がる前にこちらに移りました。庭があり、パリよりも人が少ない。言うまでもなく特権的です。庭付き別宅を持つ階層と、庭なしの自宅に住む階層との間ではリスクが違います。
(中略)
人々の移動を止めざるを得なくなったことで、世界経済はまひした。このことは新自由主義的なグローバル化への反発も高めるでしょう。ただこうした反発でさえも、私たちは『すでに知っていた』のです。16年の米大統領選でトランプ氏が勝ち、英国は欧州連合(EU)からの離脱を国民投票で選びました。新型コロナウイルスのパンデミックは歴史の流れを変えるのではない。すでに起きていたことを加速させ、その亀裂を露見させると考えるべきです。
朝日新聞『(インタビュー)「戦争」でなく「失敗」 新型コロナ 歴史家・人口学者、エマニュエル・トッドさん』(2020年5月23日)より引用

すでに「安全な場所」へ避難している

彼らはパンデミックやその前後の政治情勢不安に恐怖を感じるどころか、それらの動向をいたって冷静に予見しており、自分たちを感染のリスクからも暴力のリスクからも経済的リスクからも遠ざけることに成功し、より安全な「避難場所」へと身を移していたのである。エマニュエル・トッドのように「高みの見物」を決め込んでいる人も少なくないようだ。

彼らの多くはゲーテッドコミュニティーにすでに移動しており、自身も財産も安全な場所に移して、このグローバルな厄災をやり過ごす準備は万端なのである。彼ら富裕層がまるで恐怖を感じることもなく、政治的・経済的情勢を冷静に見極めてリスクを回避し、さらにはなんらかの事業や投資によって利益まで得てしまっているとなれば、「アフター・コロナの世界」において私たち市民社会が「私たちは血を流したのだから、せめてお前たちは金を出せ」と交渉するのは容易ではないかもしれない。