50代、60代という年齢は本を読むのにちょうどいい時期だと思います。読書って精神が安定しないとだめなんですよ。妻ともめていたり、子どもがニートで働かないといった心配事や仕事の不安があると、本どころではなくなる。つまり、思い煩うことがないから集中できるわけです。また、本の選び方も読み方も「自分流」を貫き通していいのではないでしょうか。
正直、最近のミステリーは僕には難しくてついていけないことが多い。それでも若いときは「世間の99%の人がおもしろいと思っているのだから、理解できないのは自分が悪い」と無理して終わりまで読み続けました。でも、年を取ってくると「わからないものは仕方ない」と途中で読むのをやめられるようになった。
問題はどこでやめるかです。僕は100ページまでは付き合う。最近はスティーブン・キングの影響か、途中で話が様々な方向へ及ぶので長編が増えていますが、昔の小説だと全体の3分の1。それでおもしろくなければ強引にやめる。こうするととても楽です。
道尾秀介の『カラスの親指』は、そんな気苦労などまったく必要のない作品です。直木賞と吉川英治新人賞の候補になって落選し、手厳しい選評も出ましたが、僕は傑作だと思う。
彼はホラー小説でデビューした1975年生まれの若い作家で、この作品はコンゲーム小説。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが大活躍する映画『スティング』のような詐欺師たちを主人公にしたものです。軽妙に人を騙すことが詐欺師の仕事だから、コンゲーム小説にはシリアスさよりも軽くて楽しいタッチが大事だと思うのですが、この作品は文体が非常に洒落ていて爽快です。
基本的に、僕はミステリー小説の“いい読者”で、話の展開に少々無理が生じても、深読みせずにそのままスルーして読み進めていくので簡単に騙されてしまう。まさにそこのところがミステリーの肝というか謎かけの部分なんですが、『カラスの親指』では、最後になってすべての謎が鮮やかに解決される。このときの感覚は、もう快感と呼ぶしかありません。
直木賞の落選作といえば宮部みゆき『火車』を思い出す。
ヒロインは姿を消したOLで、休職中の刑事が行方を追いながら彼女の人生を浮かび上がらせていくんですが、最後のほうまでヒロインは登場しない。ところが、選考委員の渡辺淳一と黒岩重吾の2人は選評の際、口を揃えて「ヒロインが最後まで登場しない意味がわからない」という。はっきりいって、この人たちにミステリーを読む資格はない。最後の最後で刑事がヒロインに対面するという仕掛けが、この小説の最大の趣向なんですよ。