管理部門の警察官が主役となって活躍する
リアルで画期的な短編集

それから、横山秀夫『陰の季節』は警察小説の新しい形をつくった画期的な短編集として賛辞を贈りたい。従来の警察小説は、花形刑事が私立探偵のように派手に立ち回って事件を解決するというのが一般的だったのですが、この作品は警察組織の中でも地味な警務課捜査官に焦点が当てられている。かつて松本清張が『張込み』などの作品で築き上げた社会派ミステリーをさらに進化させ、リアルな社会派ミステリーとして新たな境地を開拓したものといえます。

どの短編も、主人公は警務課・監察課・秘書課・鑑識課など管理部門に属する警察官で、彼らは警察内部に起こった事件をスキャンダルになる前にひそかに処理していく。サスペンスたっぷりで、どの作品にも驚かされます。

また、ここ数年来、ミステリー界で一つの傾向として顕著なのが、SF的な要素を取り入れた作品群。一方ではリアリティがなくなるという批判もあるけど、僕は大好きです。物語を小さい世界から解放するメリットは見逃せません。

西澤保彦『七回死んだ男』も、そんな作品の一つ。主人公は高校1年生の男の子で、彼は1日のある時間になると24時間前にタイムスリップして、それを9回繰り返すという体質の持ち主。非常に特殊な設定ですが、それが見事に生かされている。

彼は一度は殺された祖父を助けるため、犯人捜しに乗り出す。1日目はAが犯人ではないかと推理してAを隔離するけど、祖父は死んでしまう。2日目はBに目星をつけて……と、反復する時間を利用して事件を未然に防ごうとする。この発想に感心するわけです。

ミステリーを読んできて違和感を持っていたのは、名探偵が現れても、目の前でどんどん人が死んでいくことでした。何人も犠牲者が出た後で、「自分は最初からわかっていた。犯人は、おまえだ」と探偵が偉そうにする。僕にしてみれば「わかっていたなら、犯行を途中で止めろよ」といいたい。

その代表は横溝正史の小説に登場する金田一耕助です。昔、「本の雑誌」で名探偵率を調べたことがあるんです。探偵が物語に登場してから死人がどれだけ出るか、その数が多いほど名探偵率は低くなる。世間では名探偵と評価されている金田一耕助はダントツのビリでした。その点、『七回死んだ男』は、たったひとりの人間を死なせようとしない。後味がよくて気持ちがいい。構成も、細部がよくて大枠がいいという傑作中の傑作です。

タイムスリップを題材としたものには、ケン・グリムウッド『リプレイ』もあります。43歳のビジネスマンがそれまでの記憶と知識を持ったまま18歳の自分にタイムスリップする。この後の25年間で何が起こるか全部知ったまま、どうやって生き直すかという話で、僕は主人公と同じ43歳のときに読んですっかり参ってしまった。

それまでの人生を後悔はしていないけど、すべてをやり直せるならば、やはり誰でも違うほうへ進むのではないでしょうか。僕ならギャンブルで大もうけできるかもしれないってこと。でも、記憶力が悪いからだめですよね、10年前のダービーの勝ち馬さえ覚えていませんから(笑)。