代金タダの文書に「なんだ、これは!」

小柳剛『パンデミック客船 「ダイヤモンド・プリンセス号」からの生還』(KADOKAWA)
小柳剛『パンデミック客船 「ダイヤモンド・プリンセス号」からの生還』(KADOKAWA)

そのほかジャン・シュワルツ社長の言っていることは乗客にとって遠い出来事で、一言で言うなら確かめようのない内容ということだ。世界保健機関、米疾病予防管理センター、本社より上級幹部多数派遣、このようなことを並べられても、隔離された者にとって無味乾燥な綺麗ごとでしかないのだ。私たちにとって真に関心のあることは、緊急の対策本部の立ち上げ、電話の連絡回線の増設、薬の配布、情報の細やかな発信、食事を配るクルーの感染症対策などであったが、これらは一向に改善されなかった。するとこの挨拶ビデオはなんのためにアップされたのか、疑問に思うのは当然なのである。

この数日後に配られたのが、クルーズ代金をタダにするという文書である。私はこの文書を書き写していてなんだ、これは! まるでバナナのたたき売りなのかとさえ思ってしまった。たしかにタダにしないよりはしたほうが乗客にとってはいい。しかし文書中にあった「このクレジットとクルーズ代金全額返金で、皆様が現在感じているストレスを少しでも緩和できるよう願っております」、私はこの言葉を見たとき、思わず絶句した。この時期に配る文書かと。

悲惨な状況を見越して予防線を張ったのではないか

体に変調をきたしはじめている人々は、私たちだけではなかったはずだ、そのような状態が船中あちこちで起こっていることは、クルーに聞かなくとも少し想像力を働かせるならば、すぐ理解できるのではないか。同じ時期なのかどうかはわからないが、船内では医務室で陽性と告げられた感染者が抗議したにもかかわらず、隔離もされずまた知人あるいは親族のいる2人部屋にもどされた、発病者が部屋のなかで1週間放置された、この種の悲惨な話は隔離中数多くあった。またクルーは強制されてか、自らが望んでかは知らないが、危険と隣り合わせの作業を防護服も付けずにやっていた。

あのような書面を出す前にやるべきことは無数にあったはずだ。それらのことを放置して、代金返金という手段でストレスを緩和する、という。まさに言葉は悪いが「札束で頬を叩く所業」なのだ。私はジャン・シュワルツという女性社長の発想が理解不能だった。彼女を筆頭とするプリンセス・クルーズ社は予防線を張っていたのではないだろうか、後々繰り返し考えるとそう思えてきた。

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