今こそ「江戸落語の祖」から想像力の翼を広げる

私は兎にも角にも「歴史に学ぶ」しかないと思っています。

歴史は人類の経験則の宝庫です。

落語の歴史を調べてみますと、いやあ、面白い史実にぶつかりました。

「江戸落語の祖」と言われているのが、鹿野武左衛門しかのぶざえもんです。江戸初期の落語家として、芝居小屋など「室内芸」としての落語、「座敷仕方咄ざしきしかたばなし」をはじめた人だとされています。

ご存じのように落語は、「会話」だけにフォーカスして作られた特殊な話芸です。しかも下半身の動きが制御された形で話が進むという点は、他国にはなく日本独自で進化した形態です。

ここからはあくまでも想像です。

話芸とはすなわち、「面白い話の再現性」そのものです。「昨日起きたばかりの友人のしくじり」みたいな「個人的なもの」を、いつでも誰でも笑えて、しかも同程度以上の笑いのボルテージで「普遍的なこと」として再現できる人たちが尊ばれていったはずです。それが、職業落語家となったのでしょう。

やがて「屋外より室内のほうが集中できる環境だ」と演者も聴衆も徐々に気づいてゆきます。そして室内に場所を移した場合、今度は屋外の時に可能だったスペースの有限性という問題が発生します。

そこで革命家のような初期の落語家たちが、「それならいっそ座ってやるか」というような試行錯誤の中で、座布団に座って語る現在のスタイルができ上がっていったのではないか、と推察します(あくまでも個人の妄想です)。

さらにすばらしいのは、発信者側である落語家だけが進化したのではなく、受信者である観客側も想像力を研ぎ澄ませていった点です。

落語家が微妙に変える登場人物のトーンを、観客が「あ、これはご隠居さんだな」「あ、これは花魁だな」と聞き分ける術をいつの間にやら身に付けてゆくという、両者が想像力を応酬し合う間柄になっていきました。そういういわば信頼関係の積み重ねが現存する落語の原型になっていったのでしょう。

以上、歴史の事実に「想像力の翼」を広げる——。こんなことができるのも、コロナによって強制的にもたらされた暇な時間のおかげかもしれません。

サラリーマンが社史をひも解くことで可視化されること

在宅勤務を余儀なくされたサラリーマンのみなさん、歴史を学ぶといってもいわゆる日本の歴史ではなく、身近なところでいいのです。

たとえばご自身の会社の歴史、つまり社史などをひも解いて「創業者精神はどこから来たのか」などと川上方面へ思いを馳せてみてはいかがでしょう。源流へとさかのぼることで、日頃忙しさのせいで見えなかった世界が可視化され、新たな展開や新規マーケットがそこから生まれてくるかもしれませんよ。

話を鹿野武左衛門の戻します。この人は1693(元禄6)年、日本でコレラが大流行し1万数千人以上が亡くなった際に、「南天と梅干の実がコレラに効く」という風説の広がりから、いわゆる「とばっちり」を受けて島流しという憂き目に遭っているそうです。

いやはや、いつの時代も相も変わらず「デマに流される」のが人類なんだよなあ、とつくづく感じますよね。

ともあれ、「今が生まれてきた過去」を謙虚な姿勢で見つめ直すと、新たな視座は絶対に浮かび上がってくるはずです。「この難局をどう乗り切るか」こそが現代人に課せられたテーマとなるはずですから。