「乳腺炎は食事のせい」という誤解
そして、乳腺炎は、お母さんの食事のせいで起こるわけではないのです。母乳中の脂肪は、乳房内の細い乳管の直径よりも小さいため、詰まることは考えられません。
実際は、①赤ちゃんの飲む量よりも母乳の分泌量が多かったり、授乳のリズムが乱れたりすることで、乳房に大量の母乳がとどまること、②下着や抱っこ紐などによる締め付け、③不適切な授乳姿勢、④お母さんの疲れや肩こりなどが、乳腺炎のリスクになります。
特に初めての子育ての場合、何もかもが不安になってしまうお母さんは多いと思います。そんなところに「○○をしないと、こんな悪いことが」「○○を食べてはいけない」などと根拠なく危機感をあおるのは、とても罪深いことだと思います。
そうしてあおってくる側は、インパクトを与えようとして言葉も過激になりがちですよね。赤ちゃんが飲み残して乳房に溜まった乳汁を「腐れ乳」と呼んでいるものを見たことがあります。乳房に溜まったからといって腐ったりはしません。ひどい侮辱です。
家族や身近な人がこうした記事を読んで、お母さんの食生活を制限することもあるようです。母乳の出方は人それぞれですし、なかなか飲みたがらない赤ちゃんもいます。なのに、間違った情報をもとに「母乳がまずいから飲まないんだ」とお母さんのせいにしているうちは本当の原因にたどり着けないし、解決策も見つからないでしょう。誰かを悪者にするのは簡単。でも、それで救われる人はいるでしょうか?
「完母」にもリスクがある
また「母乳が出なかったらどうしよう」「母乳が足りないのでは」と悩むお母さんの弱みにつけこむ商売があることも見過ごせません。現に「母乳の量を増やすハーブティー」などというものが販売されていますが、「母乳を増やす」「乳腺炎を治す」と謳っているものは、医薬品医療機器等法(薬機法、旧薬事法:医薬品でないのに効果効能を謳うのを規制する法律)に違反している恐れがあります。
おいしいから、香りで気分転換になるからという理由で、嗜好品として楽しむ程度にしておきましょう。残念ながら、今のところ母乳を増やすという根拠のある食品やサプリメントは存在しません。
最後に、「うちは完母で」と決めていても、保育園に預けることになったなど、環境の変化によって実現できないこともあるでしょう。育児に絶対の正解はありません。「こうじゃなきゃいけない」という思い込みを捨てましょう。まして、そうした価値観を他人に押し付けられたら、そもそもあってはならないことですから無視しましょう。
授乳について、より詳しく知りたい方は、産婦人科医の宋美玄さんと私がふたりで書いた『産婦人科医ママと小児科医ママのらくちん授乳BOOK』(内外出版社)を読んでみてくださいね。