「彼を知り己を知らば百戦殆うからず」
——長尾先生は講演や企業コンサルティングの現場で『孫子』の言葉を引用されるそうですね。具体的にはどんな言葉ですか?
【長尾】よくお話しをするのは「彼を知り己を知らば百戦殆うからず」という言葉です。有名な言葉ですがこれは「敵の力を知り自分の力を知れば、何度戦っても負けることはない」という意味です。実は『孫子』は情報を重視する姿勢がその根底にあり、それが一番よくわかる言葉がこれなのです。
占いや祈祷が大きな意味を持っていた時代であるにもかかわらず、『孫子』は、正しい情報を手に入れることの大切さをさまざまなところで説いています。春秋時代という終わりの見えない戦いの時代の中で、「国が滅んでしまえばそこで終わり」というシビアな状況が生んだ、リアリズムの思想なのです。これは経営においても非常に役立つ言葉です。
テクノロジー+孫子の精神で「正しい情報を集める」
——どのように役立つのでしょうか?
【長尾】よくPDCAサイクルといいますが、私はもう一歩踏み込んで“フィードフォワード”であるべきだというお話しをよくします。PDCAサイクルの考え方の根本にあるのは、物事の結果を次の状況に反映させるというフィードバックの発想です。でもこのやり方では、最初の挑戦の精度がどうしても低くなってしまいます。「あとで修正すればいい」という気持ちが出てしまうんですね。
だから最初にできるだけ情報を集めて、万全の状態でまずそれを初の挑戦に生かしなさい、と。これがフィードフォワードです。「彼を知り己を知らば百戦殆うからず」の精神とは、そういうことなんです。
——最初に正しい情報を集めることが成功の鍵というわけですね。
【長尾】『孫子』の中には「用間篇」といって間諜、つまりスパイの用い方について記した一篇もあります。スパイは、現在の企業でいえば営業マンですね。営業マンが集めてきた現場の情報をいかに、スムーズに方針に反映するか。それもまた「彼を知り己を知らば」の実践ということができると思います。
幸い近頃は、それまでの日報や週報といった形式よりもはるかに早く、リアルタイムに近い形で情報を手に入れることができるようになりました。こうして精度の高い情報が入れば入るほどに、「彼を知り己を知らば~」という状態に近づき、先手先手を打てるようになれるわけです。なので私は講演などで、「『孫子』にはIT化が大事と書いてある」と言うことがよくあります(笑)。でも実際、孫武が今の時代に生きていたら、絶対にITを駆使して、正確な情報を集めることに力を入れたでしょう。