外務省はクルーズ船での「安否確認」をなぜしなかったか

海外で紛争や災害、大規模事故が発生すると、在外日本大使館が真っ先にやることは日本人の安否の確認だ。今回のウエステルダム号は、太平洋沿岸国に寄港を拒否されているという異常事態にあり、まさに紛争、災害、大規模事故に匹敵する状態ではないか。

寄港を拒否するにしても、日本政府がまずやらなければならないのは、ウエステルダム号内の「日本人の安否確認」だ。いつも日本人の安否確認を真っ先にやっている外務省が今回それをやっていなかったのであれば、日本人の安否確認の作業が形式的なものになってしまっていたのではないか。また船のことなので自分たちの所管ではないと考えてしまったのか。

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新型肺炎感染に対応する全省庁横断組織の立ち上がりが遅かったのも災いした。

本来は、このようなときにこそ、安倍政権はもちろん与野党含めた国会議員が、「ウエステルダム号内に日本人はいるのか!?」という意識を持たなければならないし、一納税者である僕は、国会議員にそのような意識を絶対に持ってもらいたかった。

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官僚は、論理、法律、公平性、安定性が行動原理の核となるが、政治家の行動原理の核はパッション=熱だ。今の日本の国会議員に、「日本人を何が何でも守る」というパッション=熱が本当にあるのか。

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政府の役人は目の前の対応でいっぱいいっぱいになり、ウエステルダム号の中の日本人確認まで思いが至らなかったのかもしれない。しかし、国会議員が700人以上もいる中で、「ウエステルダム号の中に日本人はいないのか? 確認したのか? 日本人がいるなら、是が非でも助け出せ」という声がまったく上がらなかったというのであれば情けないことだし、一国民としてあまりにも悲し過ぎる。それは日本の国会議員たちに、「日本人を守る」という意識が血肉になっていない証だ。普段、口にしている「国民のために」というのは、上っ面の言葉にしか聞こえない。

ウエステルダム号の寄港を拒否したのは危機対応上、ある意味やむを得ない。しかし、そうであれば、まずは船内の日本人の安否確認を早急にすべきだった。そして日本人が存在するということであれば、それこそ自衛隊に救出活動を指示すべきだった。

法的根拠はあいまいかもしれないが、新型肺炎対策では法的根拠があいまいなまま、かなりのことをやってきている。ウエステルダム号からの日本人救出の話で、厳格な法的根拠の話を急に持ち出す必要も理由もない。災害対応に準じて自衛隊に救出指示をすればいいだけだ。

まあ後付けであーだこーだ言うのは簡単なことだけど、今後の参考のために、ウエステルダム号から日本人を救出するためにはどうすればよかったのか、あえて後付けで考えてみる。