世間から「鬼の大松」と呼ばれた

その言葉通り、大松監督の練習は壮絶だった。たとえばレシーブ。大松監督が投げたボールを10本連続して上げられた選手は終了になるのだが、一本でもミスをすれば、できるまで終わらない。練習は延々と続き、翌日の明け方におよぶこともあった。疲れて立てなくなった選手にも容赦なくボールを投げつける大松監督の姿はテレビでも流れ、世間から「鬼の大松」と呼ばれた。

ソ連との優勝決定戦は視聴率66.8%を記録。空前のバレーボール・ブームが起こり、テレビドラマ『サインはV』などが生まれた。(AFLO=写真)

しかしソ連戦の前に言った言葉には選手に対する思いやりが感じられる。日本中の期待を背負ってガチガチになっている選手に「世界一の練習をやったのだから勝てる」と太鼓判を押し、自信をつけさせているのだ。

有無を言わせず選手を引っ張っていく強権発動型の指導者と思われているが、実際は体罰もなかったし、嫌う選手もいなかった。選手も「できるまで終われないというのは、勝負どころの一本を絶対にミスしない強い気持ちを養うためであり、やる意味はあったと思います」と語っている。

指導の方向性も理屈が通っている。金メダルを獲るには世界一の練習量が必要と考えて実行。本番ではそれを自信にして勝つ、というわけだ。選手たちも、大松監督の信念がわかっていたから厳しい練習にもついていったのだろう。

現役にも厳しい練習を課すことで知られる指導者がいる。アーティスティックスイミング(旧シンクロナイズドスイミング)の日本代表ヘッドコーチを務める井村雅代氏だ。

厳しい指導の一方で、選手を手書きのメッセージで激励するなど、愛情を注ぐことを忘れなかった。(時事通信フォト=写真)

7大会にわたって日本選手に銀4個、銅9個のメダルを獲らせ、中国代表監督時代も銀1個、銅2個を獲得させた実績を持つ。

その井村氏がシドニー五輪で銀メダルを獲得した武田美保が練習についていけず、やる気を失いかけたときに言った言葉が「できないままで悔しくないのか? あなたにできる能力があると私は知っているから要求しているんや」だ。

井村氏の練習は連日12時間以上におよぶ。しかも投げかける言葉がきつい。あまりの辛さに泣き出す選手もいるが、「泣いていいのは親が死んだときとメダルを獲ったとき。練習で泣いても、なんの解決にもならん」と突き放す。

しかし、武田に言った言葉にはちゃんとフォローが入っている。“あなたにできる能力があると私は知っている”という部分だ。叱咤のなかにも選手の気持ちを支えるひと言を含ませる。これが井村氏の選手のやる気を引き出す秘訣なのかもしれない。

対照的に選手を褒めてやる気を引き出してきたのが、有森裕子、高橋尚子らメダリストを育てた女子長距離指導者、小出義雄氏だ。