同様に丸ヨ西尾と取引の多かった酒販店も、家族経営からの脱皮が迫られていた。売上全体の中で配達が占める割合が高く、生産性の低さが課題であり、当時も人材難と後継者不足が深刻化していた。一方のスーパーマーケットは安売りを掲げて急成長している。いずれ「内地(本州)」から総合スーパー勢力が進出してくるのは、目に見えていた。現にダイエーは73年に、イトーヨーカ堂は76年から、北海道への進撃を開始している。

アメリカで見たコンビニのレイアウトを手書きで写し取った

もう一つの理由は、中堅の食品卸である丸ヨ西尾自身の危機感であった。国分など大手総合卸が中小問屋の系列化を進め、総合商社も卸売りの各段階に介入を始めていた。スーパーマーケットが勢力を拡大すると、一社による大量販売が可能となり、メーカーとの直接取引も増えていく。中堅の卸売業にとって、メーカーと小売をつなぐ中核的な機能を果たすことが、この先も続けられるのか不安があった。

そこで浮上したのが、コンビニ業態によるフランチャイズ・システムの導入であった。すなわち卸売業がチェーン本部となり、酒屋を主とする中小商店が加盟店となって、双方の経営を安定化させるというものだ。

セブン-イレブン、ローソン、ファミリーマートは、大規模小売店舗法による出店規制がかかる中、グループの新規事業としてコンビニをスタートしたのに対して、赤尾のセイコーマートは、自社の存亡と取引先支援という確固たる目的があった。

71年の一号店から酒販店の業態転換を推進し、74年に「セイコーマート(現セコマ)」を設立する。当時は取締役本部長の肩書であったが、実質的には赤尾自身が立ち上げた会社である。

“取引先の近代化を図らないと、卸は駄目になってしまう”という危機感から、既にコンビニチェーンが確立していた米国に渡り、通訳を雇ってオーナーや店長の話を聞くなどして、チェーン理論の研究を重ねた。米国のコンビニのレイアウトを手描きで写し取るなどして一号店を開設した(『月刊コンビニ』2016年2月号)。

製造から物流、販売が一貫したシステムを確立した

会社設立時のセイコーマートの店舗数は14。セブン-イレブンは78年に北海道に進出し、同年サンチェーン(後にローソンと経営統合)も出店、82年にサンクスが進出する。

セイコーマート設立から10年後の84年9月末時点で、北海道内のコンビニ店舗数は、セイコーマート152店、セブン-イレブン145店、サンクス57店、サンチェーン56店となっている。以降、道内においては、セブン-イレブンがセイコーマートに肉薄する関係が続いていく。それは両チェーンが1000店舗を超えた現在も同様である。