【柳井】しかし、学者の人生というのは大変ですよね。商売であれば、毎日の売り上げや利益が数字で出るし、従業員や経営者の成長が目に見えるでしょう。だから飽きないんですよ。売れなかったら自分の能力が足らなかったと思えるし、売れたら「けっこういい線いっているな」と思って(笑)、さらに次を考える。そういう繰り返しです。でも、研究は成果が出るまですごい時間がかかりますよね。
【本庶】私が免疫の研究を志したのが1972年です。「PD-1」という分子を発見したのが92年。PD-1をがんの治療に使う原理を見つけたのが2002年。製薬会社が薬にして、認可されたのが14年。72年を原点とすれば、40年かかったということです。もっとも生物学のような分野では、そのぐらいのタイムスケールは当たり前です。
【柳井】その間、どうやってモチベーションやテンションを保つんですか。
【本庶】まず、自分が本当に好きでないと研究は継続できません。うまくいく実験より、うまくいかないほうが多いわけですから。ビジネスと違って、お金になるわけじゃないので、楽しくないとダメです。それに、人生は好きなことをやらないと損ですよね。1度しかないんですから。挫折もあるでしょうけど、嫌々やった結果の挫折は非常に酷です。自分が好きなことなら、少々の失敗でもやってよかったと満足できるし、必ず再起の道はあります。
命とは、幸せとは、人生とは何か
【本庶】何をもって幸福と考えるかは、昔から哲学の大命題。人間の歴史が始まって以来、永遠のテーマですよね。現役を退いたあとに生きる時間が長くなった分、命とは何か、幸せとは何かについて考える時間も長くなりました。
私の基本的な考え方は、人生とは自己満足だということ。「ああ、俺は楽しかったな」と思って棺桶の蓋を閉めてもらえれば、それでいい。そう思える人生を見つけることが、生きる意味でしょうね。
私の場合でいうと、自分が知りたいと思っている研究を40年続けていますが、謎は今も解けていません。玉ねぎの皮を剥くように、1枚剥けたらその中にまた新しい問題があった。だから、わざわざモチベーションを奮い立たせる必要はなくて、興味がある難題にひたすらチャレンジしている人生です。
【柳井】アップルのスティーブ・ジョブズが同じようなことを言っているんですけど、点が線になる。つまり、あとで気が付いたら必然になっている人生がいいんじゃないかな、と思いますね。努力しているその当時にはわからなくても、あとで振り返ってみたら、「あ、あのときにこの人に会ったから、こういう結果になったな」という。
それから、この商売で行きつくところまで行きたいですね。そういう生きがいや、この道を究めたいというやりがいがないと、真剣にならないし面白くないです。今まで我々の業界の大企業は、すべて欧米なんです。だからアジア発で世界初の、一番優れたブランドになりたいですね。