無印銀座店が「食」に注力するワケ
とはいえ、店舗側の情熱だけでいい店舗はつくれない。思い出に残る体験は、顧客が参加者となり、場の活気を生むことによって生まれるものだからだ。今回の来日で、スティーブンス氏は4月にオープンした無印良品銀座店を訪れた。そのときに何度も口にしていたのが「人のエネルギー」という言葉である。彼の言う「エネルギー」とは来客数の多さだけではなく、店舗に流れる空気やコミュニケーションの活発さを指している。
「スマートフォンの登場によっていつでも人と繋がることができる時代になったにも関わらず、現代人の最大の悩みは“孤独”です。店舗は単なる買い物の場所ではなく、人と人とのコミュニケーションを活発にさせる役割が必要とされているのです。これからの店舗がもっと目を向けるべきはCommerce(販売)よりもCommunity(コミュニティ)やConnection(つながり)です」
無印良品銀座店におけるHuman Energyの鍵は「食」にある。初の試みとなる生鮮食品の取り扱いや紅茶のブレンドコーナーをはじめ、他店舗に比べて売場における食料品の比率を高めている。食はコミュニケーションの中心であり、顧客が何度も足を運ぶきっかけになりやすいという理由からだ。食が生み出すコミュニケーションは店舗内に留まらない。「誰かと食べる」という行為を通して友人や家族との間にコミュニケーションを生み出し、現代の課題である孤独を解消するきっかけになる。この「孤独の解消」こそが、食の持つポテンシャルであるとスティーブンス氏は語った。
無印良品銀座店では食以外にも各フロアにオーダーメイドの窓口やイベントスペースを設置するなど、コミュニケーションを重視した顧客接点も増やしている。何でもオンラインで購入できる時代だからこそ、人は活気やコミュニケーションを求めて店舗を訪れるのだ。
リアル店舗に必要なのは“スクリーン”より“没入感”
活気に加え無印良品銀座店でスティーブンス氏が注目したのが、店内に設置されているスクリーンの少なさだった。店舗の最新事例を語る際にはテクノロジーの導入に言及されることが多いが、テクノロジーを使えばいい体験がつくれるわけではないとダグ氏は語る。
「わたしたちはすでに多くの時間をスクリーンに接しながら暮らしています。ただでさえ日頃からスクリーンを見ているのに、わざわざ別のスクリーンを見るために店舗に行きたいと思うでしょうか? 店舗がやるべきことは、スクリーンを見ることすら忘れてしまうほど没入感のある体験をつくることなのです」
現代の消費者はそれぞれポケットにスマートフォンという名のスクリーンを所持しており、気になったものがあれば自分で調べることができる。最先端の大型スクリーンを店内のあちこちに設置するよりもまず商品を体験してもらうこと、そして顧客がより詳しく知りたいと思ったときにスムーズに必要な情報にたどりつけるように設計することこそが、真のO2O(オンラインからオフラインへ送客する)戦略と言えるだろう。