リアルの小売店舗は、ネットに飲み込まれてしまうのか。そうとは限らない。ニューヨークにあるメディア型店舗「ストーリー」は、売り場面積あたりの売上が百貨店の12倍にもなるという。小売フューチャリストのダグ・スティーブンスは「今後、小売店舗は、最先端の技術を駆使して、消費者に『圧倒的に記憶に残る経験』を提供する空間になるだろう」と予測する――。

※本稿は、ダグ・スティーブンス・著、斎藤栄一郎・訳『小売再生 リアル店舗はメディアになる』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

ニューヨークにあるメディア型店舗「ストーリー」(写真提供=STORY)

マージンではなく商品の「紹介料」で稼ぐ

新時代の小売業者にとって唯一の狙いは、利用可能なチャネルをすべて駆使し、ブランドの意を受けて売り上げを大きく伸ばすことにある。これは、ひたすら自店舗内での売り上げを重視する従来の店とは異なる。

未来のショッピング空間は、自らを「全チャネル」のハブと位置づけ、自社や仕入先、さらには競合他社も巻き込んで顧客ニーズに応える。そう、競合他社さえも活用するのだ。なぜなら、誰がいつどのように売り上げを生み出すかという点よりも、売り上げを生み出すための効果的なショッピング体験を提供するほうが重要になるからだ。売り場面積当たり売上高という足枷のない体験型小売店では、大手からベンチャーまであらゆる企業の試作品も含め、多彩な商品を買い物客に紹介できる。

大量の製品と何列もの棚は、独創的な空間デザインと絶妙なマーチャンダイジングに取って代わられ、メディアや総合的な製品との関わり合いのスペースが生まれる。この体験にはソーシャルメディアが組み込まれ、店頭の棚にはレビューや評価、製品比較の情報が表示される。また、スペースは取り扱い製品の没入型・体験型広告になるとともに、利用できる流通チャネル全体に直結するポータルの役割も果たす。

こうした卓越した顧客体験をデザインして提供できる小売業者は、わずかなマージンで細々と商売をすることに納得しない。メーカーに対して、店内で取り扱うブランドや製品を魅力的に紹介する露出量に応じて、前払いの「規定料金」を要求するようになる。現実世界にある素晴らしい小売メディア空間で製品を紹介してもらったり、独自のブランドストーリーを語ってもらったりすることに対して、ブランド側は喜んで料金を支払うようになる。

エディターが雑誌のように編集する店

ニューヨーク・マンハッタンのロウワー・ウエストサイドに、小売の未来を垣間見ることができる190平方メートルほどの空間がある。小売・マーケティング分野で豊富なキャリアを積んできたカリスマ起業家、レイチェル・シェクトマン肝いりのショップ「ストーリー」(STORY)だ。シェクトマンによれば、「雑誌の視点を取り入れて、ギャラリーのように4~8週間で店内をすべて入れ替え、普通の店と同じように販売します」。

小売は強力なメディアになる可能性があり、そうあるべきだというのが、シェクトマンの信念だ。『ニューヨーク・タイムズ』のインタビューに「特定のブランドの商品が置いてある店で、消費者がどれだけの時間をすごしているのかを見れば、店もメディアなんじゃないかなと思って」と説明する。雑誌1ページをめくるまでに30秒かかるとすると、人が店で買い物に費やす時間はもっと長いのでは、と彼女は言う。

シェクトマンによれば、テクノロジーのおかげでオンラインでのショッピングのあり方はがらりと変わったが、オフラインでのショッピングに関しては、小売業界全体として悲惨なほどに何も変わっていないと指摘する。実際、小売業者が目に見えるかたちで生み出した成果はほとんどないのだから、店内で顧客のために何らかの体験を創り出して収益につなげるなど夢のまた夢だ。だが、体験の収益化こそ、シェクトマンが「ストーリー」の店内で実現していることなのだ。しかもその機会は年間に8~12回もある。平たく言えば、ブランド各社がそれぞれのストーリーをこの店に語ってもらおうと「ストーリー」に金を払っているのだ。

シェクトマンはこれまでにジレットやGE、ホームデポ、アメリカン・エキスプレスといったブランドのためにさまざまなストーリーを生み出してきた。シェクトマンはブランド各社を「エディター」と呼ぶ。そのエディターが彼女とのストーリーづくりに40万ドル以上を投じることも珍しくない。ストーリーのテーマは「愛」「旅」「男」「女」など多種多様。展示商品について訴求し、そのよさを確かにアピールするテーマが選ばれる。なお、ほとんどの展示商品は委託販売の形式で売られている。