「あなたがこれまで見てきたなかでもっとも魅力的だった店舗はどこですか?」。世界的な小売のコンサルタントで、書籍『小売再生』の著者のダグ・スティーブンス氏がよく聞かれる質問だ。6月に日本を訪れたスティーブンス氏に、顧客を惹きつけてやまない店の条件を聞いた――。
スティーブンス氏が「没入型の劇場」と表現した谷根千のホテル「hanare」の外観。コンセプトは「まち全体をひとつのホテルに見立てる」。フロントと宿泊施設は離れたところにある。

「いい店舗」の評価基準は安さでも品揃えでもなくなった

「いまやわたしたちは店に何かを『見つけ』にいくのでも『買い』に行くのでもない。つまり、店で売るのは『商品』ではなく『体験そのもの』になりつつある」

とスティーブンス氏は指摘する。しかし「体験」という言葉は曖昧で評価しづらいため、多くの企業が具体的にどんな体験を店舗に組み込むべきかを試行錯誤している。より魅力的な店舗体験を生み出すためには、スティーブンス氏の以下のキーワードが参考になるだろう。

<キーワード1>個人の店 Independent Store そこに情熱はあるか?

「これまで見てきたなかで、もっとも魅力的だった店舗はどこですか?」。小売コンサルタントとして幾度となく受けてきたこの問いに、スティーブンス氏は毎回次のように答えている。

「それは大企業や有名ブランドの店舗ではなく、独立した個人のお店(=Independent Store)です」

売上や利益率はもちろん大切だが、それは「思い出に残る体験」を提供できればおのずとついてくるものである、とスティーブン氏は考える。逆に今後「買う」という行為はオンラインで完結できるようになっていくからこそ、顧客の感動を生むがないところで売上と利益を上げ続けることが困難になっていく。

創業者はストーリーテラーであれ

では来店者の記憶に残り続ける体験は何によってつくられるのか。個人店が有利なのは、創業者や経営者自身が店舗に立つことで顧客に直接熱量を伝えられる点にある。創業者自身がストーリーテラーとなり、そこでしかできない体験をつくり上げることで、顧客にとって「忘れられない体験」が積み重なっていくのだ。

SNSが発達したいま、オーナーの発信内容への共感からブランドや店舗のファンになるケースも増えている。日々のSNS上でのコミュニケーションを通して、その人のつくるものやセレクトしたものを信頼して買うという購買行動が生まれはじめているのだ。こうした動きもまた、創業者自身が直接顧客に熱量を伝えられるようになったことによって起きた変化である。

店舗であれSNSであれ顧客に直接情熱を伝えることこそが、顧客体験を作るための出発点となりつつあるのだ。一方で、組織が大きくなるほど、個人の情熱がダイレクトに顧客に届きにくくなっていく。スティーブンス氏は言う。

「たとえ組織が大きくなっても創業者の情熱やストーリーを伝え、立ち上げたときの情熱を皆が忘れないようにすることが重要です。規模の大小に関わらず、理想的な体験は常にたった1人の情熱から始まるのです。店舗にとってこれからより大事になってくるのは、Inventory(在庫)よりInspiration(インスピレーション)なのです」