ネット通販の拡大でリアル店舗は「やられっぱなし」だ。だが生き残りの方法はあるはずだ。世界的小売フューチャリストのダグ・スティーブンスは著書『小売再生』(プレジデント社)で、「店舗のメディア化」という道を説いている。この提言はどう評価すべきか。オンラインマガジン「新・小売概論」で日本の小売業界への提言を続ける最所あさみさんに聞いた――。/聞き手・構成=プレジデント社書籍編集部
ワイヤレススピーカー「ソノス」の店舗。センスのいい友人宅のような環境でリスニング体験ができる。(写真提供=ソノス)

入場料を払ってでも行きたい百貨店

わたしは2012年に三越伊勢丹に入社しました。伊勢丹新宿本店の大規模リニューアルの年です。リニューアルのテーマは「ファッションミュージアム」でしたが、できあがった空間を見て、たしかにきれいにはなったけれど、本質的にはリニューアル前と変わっていないように感じたんです。

相変わらず売り上げのノルマがあって、伊勢丹カードも作ってもらわなければいけない。結局、ものを並べるために売り場を増やすという発想になります。すると在庫のストックの面積がどんどん狭くなって、そのぶん在庫が置けないから売り逃してしまう……。そういう制約がなければもっと自由な見せ方ができるのに、と思っていました。

ミュージアムというなら、本当の美術館のように入場料を払ってでも入りたくなるような場、単に買い物するだけではなく、そこでインスピレーションを得たり、作品を解釈したり、それを楽しんだりできる場であってほしい。でもそういう「そもそも売らなくていいんじゃないか?」というわたしの考え方は、業界の常識とかけ離れていたようで、同業の人にはなかなか理解してもらえませんでした。

わたしは小売が大好きで百貨店に入ったのですが、一度小売以外の業界で勉強しないと、これまでのやり方を踏襲することしかできなくなるんじゃないか、という危機感もあって外に出たんです。その頃読んだのが、B・J・パインの『経験経済』という本でした。『小売再生』にもパインが序文を載せていて、おっ! と思ったんです。

「幸せの総数」が大きくなるような売り方とは?

わたしは百貨店では、いわゆるラグジュアリーフロアにいました。人生で初めてグッチのドレスやレッドヴァレンチノのワンピースを実際に着せてもらって、なぜあれが10万円も20万円もするのか「体験」を通して理解したんです。

ハイブランドの商品は、ロゴがついているだけで、原価でいえば3万で売ってもいいものを30万で売っている、と言う人もいますが、こと洋服に関して言うと、本当に人の体が入ったときにいかに美しく見せるかというところから始まって、研究開発費にものすごくかけています。そこに対して原価の何倍ものお金を払っているということは、体験しないとわかりません。

とはいっても現実として、ルイ・ヴィトンやグッチの服を買える人はごくわずかです。それだけお金をかけてつくりあげたものがほんの一握りの人にしか実際には目にしてもらえず、着てもらえないのはもったいないと思います。

ハイブランドとはそういうものだ、という考え方もあるかもしれませんが、別の方法でマネタイズができるのであれば、より多くの人にその価値を届けることは可能ですよね。そのほうが「幸せの総数」が大きくなるんじゃないか、と思うんです。