テクノロジーが消費者の「選択のストレス」を減らす

『小売再生』にとりあげられているニューヨーク・マンハッタンの「ストーリー」は、そういう従来の小売の常識にとらわれていないお店の典型ですね。1、2カ月おきに「愛」「旅」「男」「女」などのテーマで編集するギャラリーのような空間で、委託販売のマージンではなく、「展示料」で稼ぐという発想で、売り場面積当たり、百貨店の12倍の売上をあげているといいます。

NewsPicks コミュニティマネージャーの最所あさみさん

これは「店舗がメディアになる」というときのとてもわかりやすい例ですが、彼らがやっているのは「世界観」の演出にほかならないと思います。世界観は細かい部分にこそ宿るものなので、世界観を演出するときには、照明ひとつ、鉢植えひとつにしてもおろそかにしてはいけない。ディティールを厳しく追及するほど、訪れた人が没入できる世界観ができる。ストーリーの場合は、その世界観に共感できるブランドが「展示料」を払うというモデルです。わたしは「入場料がとれる百貨店」のほかに「広告料がとれる百貨店」ということも考えているんですが、その出発点は「世界観」なんです。

買い物の利便性においてはオンラインショッピングにまさるものはありません。『小売再生』にあるように、「店舗がメディアになる」という考え方は、「メディアが店舗になる」という考え方と裏表になっています。

後者は「世界観」を打ち出すマーケティングの対極にあるものです。あらゆるものがインターネットにつながって、洗剤などの日用品はなくなったら勝手に補充されていく世界がもう来ている。アマゾンがダッシュボタンやエコーで顧客の買い物を完全に代行してくれたら、もう消費者には選択の余地がありません。

納期や在庫といった小売の概念がまったく関係なくなる

テクノロジーが人の選択のストレスをどんどん減らす方向にいくと、人の購買行動において「スイッチングの機会が永久に失われてしまう」ということが起きます。一度買ったブランドを買い続ける。残された数少ないオプションは、店舗でのリアルな体験によって、スイッチングさせるということなんですね。それが一連の流れとしてすごく理解できました。単にオンラインとオフラインが融合するといったレベルの話ではなく、人が買うという行為の本質が変わってきているのだと思います。

『小売再生』のなかで、ナイキの執行役員が、顧客が自分の好きなデザインを選んで、家や店頭で3Dプリントするような日はそう遠くない、と語っていますが、3Dプリンターが普及すれば、人が買うのはモノではなくデザインになります。納期や在庫といった小売の概念がまったく関係なくなる。そうなると小売そのものを再定義しなくてはいけない。そこまでの理解があって初めて、「店舗がメディアになる」という話の深みが出てくるのだと思います。