ブランド側の物語よりも顧客の物語を

それと、日本ではいい服を買っても着ていく場所がないという問題も大きいと思います。同い年の友だちで、「結婚式がすごく楽しみ」という子がいるんです。自分が着飾っていく場が、結婚式くらいしかないから、と。わたしは職業柄、そういう機会は同年代よりはあると思うのですが、たしかにこういう仕事をしていなければ、結婚式や子どもの入学式、旅行先でちょっといいレストランに行くくらいしかおしゃれをする機会がないんですね。

服を売ろうと思ったら、それを着ていきたいと思う場所からつくることを考えないといけない。ディズニーランドが「スタジオ化」しているという話をしましたが、リンクコーデをしてインスタ映えする写真を撮るという目的で服を買う人が実際にいるわけです。今の女子大生たちはアトラクションにも乗らず、パレードも見ず、一見ディズニーランドかどうかわからないスポットで、まるで海外で撮ったかのような写真をどんどんアップするために入場料を払ってまでディズニーランドに行くんです。

「場作り」ということでは、『小売再生』に出ていたワイヤレススピーカーのメーカー、「ソノス」の店舗が印象的でした。著名なインテリアデザイナーを使ってまるでスタイリッシュな友人の家でくつろいでいるような空間のなかで心に残るリスニング体験をトータルで設計しています。音を楽しんでもらうために、すわり心地のよいソファを置いておいて、そこから見える風景まで全部コーディネートして、そのなかで音楽を聴かせる。そうするとスピーカー以外のものも売れるでしょう。まさにそれが目指すべき方向だと思います。

今後店舗がメディア化し、体験する場所としてよりテーマパークに近づいていく中で、ブランド側が伝えたいストーリーを押し付けるのではなく、顧客が自分の物語として感じられる環境を作れるかが問われていくのではないかと思います。

最所さんの読書会の様子。

小売の外から小売を変える

わたしは今でも百貨店が大好きで、最高級のセレクトショップとしての「百貨店的なるもの」は、いつの時代も必要とされ続けるはずだと考えています。今後百貨店が復興するために必要なのは、商品を売買する場所という意識から脱却し、自分たちをメディア企業として定義しなおすことなのではないでしょうか。

現在、わたしはメディア企業に所属していますが、「メディアが店舗になり、店舗がメディアになるという」発想は、6年前に百貨店で働いていた頃から変わらず考えていることでもあります。

ただ、業界の構造を変えるためには内側からではなく、外側からドラスティックに変えるしかないということは歴史的に見ても明らかです。だからこそ小売業界の外から小売を捉え直すことで課題を抽象化し、イノベーションを起こすことが必要なのではないかと考えています。

業界が成熟しきってしまい、新しいイノベーションを求めている時代だからこそ、小売業界が今、面白い。『小売再生』を読んで改めて、これまで自分が考えてきた以上に面白い時代が到来しているということを感じています。

最所あさみ(さいしょ・あさみ)
NewsPicks コミュニティマネージャー
大学卒業後、大手百貨店に入社。その後、スタートアップ、フリーランスを経て、2018年4月より現職。専門は小売、ファッション、コミュニティ(そして野球)。noteで小売・ファッションに特化したマガジン「新・小売概論」を運営。購買行動インタビューや新しいブランドの動きを研究している。NewsPicksアカデミアでは小売に特化したイベントシリーズ「新・小売概論」の企画運営・モデレーターも行う。
(聞き手・構成=プレジデント社書籍編集部)
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