メディア型店舗に変えるだけで350%の増収が見込める?

「ストーリー」が手を組む相手は大手ブランドはもちろんだが、地元ニューヨークの草の根ビジネスのコミュニティにも積極的に発信している。たとえば、ピッチ・ナイトと呼ばれる短時間プレゼンテーションの場を開催し、「ストーリー」での作品・製品の取り扱いを希望する地元の芸術家や小規模メーカー、工芸作家らが思い思いにアイデアをぶつけ合っている。

シェクトマンは、「ストーリー」のコンセプトはすべての市場向きではないと認めるが、それでも店がメディアとしての大きな可能性を秘めているのにブランド各社がそれをないがしろにしているのではないかと指摘する。「アメリカではスターバックスに毎週5500万人が、ターゲットには月間に3000万人が来店します。これは広告的には大変なインプレッション数になります。他の多くの小売業者も同じような視点で見れば、なぜブランド各社がこうしたスペースを活用しようとしないのか、単なる消費の場ではなく、マーケティングや広告のツールとして捉えようとしないのか疑問です」と語る。

だが、ブランドストーリーを語った場合の効果や価値をどう測定すればいいのだろうか。じつはシェクトマンは店内の客の動きや、キュレーション展示の個々の要素に客がどう関わったかを測定する技術を導入している。店は客にとっては楽しさや遊びの場であり、ブランドにとっては製品やコンテンツがどう受け止められているのかを知るためのバックエンドのデータや分析結果を入手できる場なのだ。要するに「ストーリー」という店は、現実世界にあってブランドをインタラクティブに語る強力なメディアであり、しかもその効果が測定可能なのである。

シェクトマンが手がけた「ストーリー」は成功を収めているが、小売業界の守旧派の多くは、同店のコンセプトについて単に物珍しいだけで、小売の「現実世界」には通用するわけがないと鼻であしらってきた。では「ストーリー」の売り場面積当たりの売上高を老舗百貨店メーシーズの平均的な店舗と比較したらどうなるのだろうか。

図1のデータは、ざっくりとした非科学的な数字であることをご承知おきいただきたい。

「メディアとしての小売」というモデルを掲げる「ストーリー」の売り場面積当たりの売上高は、ご覧のとおり、メーシーズの12倍近くに達する。

だとすれば、メーシーズの平均的店舗の半分でもいいから「メディアとしての店」というモデルを導入したらどうなるのか知りたいところだ。総売上高にどんな効果が表れるのか。メーシーズの巨大な売り場面積を考慮して、「ストーリー」の驚異的な売り場面積当たり売上高の半分で計算してみた。たとえば売り場面積の50%を「メディアとしての小売」に振り向けた場合、筆者の予測ではメーシーズの1店舗の総売上高は、2700万ドルから9600万ドル(従来の小売部分と、メディアとしての小売部分の合計)に跳ね上がる。たった1店舗で年に6900万ドルもの差が出てくるのだ。

現実主義の慎重派に言いたいのだが、メーシーズの店舗の4分の1を体験志向に変えるだけでも、約3500万ドルの増収効果があるのだ。さらに重要なことに、この増収のために必要な作業は、在庫を増やすことでもなければ、大勢の社員を新たに雇い入れることでもなく、広告費を増額することでもない。仕入先との関係を新次元に移し、顧客に本当に気に入ってもらえるようなものを一緒につくり上げることなのだ。

この小売メディア・モデルは、メーシーズの全店舗で例外なく機能するのだろうか。それは厳しいかもしれない。だが、1店舗だけでざっと350%増の増収の可能性があるのだから、同チェーンの事業を完全にこのモデルにする必要はない。

メーシーズには、すでに各店舗に消費者という名の“観客”がいる。この観客を喜ばせるには、体験型の優れた“劇場”が必要なのである。