MMTがインフレは起きないと主張する根拠

中央銀行が国債を引き受けるなら、財政赤字はそのまま貨幣の増発になる。いずれインフレを誘発しないのだろうか?

ここで鍵になるのは人々が貨幣を持つ理由である。貨幣の保有動機の一つには取引がある。消費や投資目的にモノ(例えば不動産)を買うにはおカネが必要だ。仮に取引対象であるモノに比べて使われる貨幣が多すぎると当然、貨幣の価値は低下しなければならない。それがインフレである。

しかし、MMTによれば、貨幣が増え過ぎても、その価値が毀損することはない。なぜか? 人々は取引のためだけでなく、納税のために貨幣を必要とするからである。MMTによれば、財政ファイナンスされる財政赤字が貨幣を増やすなら、課税は貨幣の回収にあたる。仮に将来的に納税が生じるならば、それに備えて人々は貨幣を準備しておくだろう。

例えば、1000兆円の国債が財政ファイナンスで貨幣に置き換えられたとして、人々はこれに相当する課税を予想してタンス預金している、あるいは銀行に預けて、銀行が中央銀行への準備預金をタンス代わりにしていることになる。

政府は財政赤字を続けられるため、財政的な制約に直面しないが、それは政府が増税を永遠にしないということではない。貨幣の保有動機に課税がある以上、いずれ増税があることが前提になる。さもなければ、1000兆円の貨幣をモノに代える動きがおき、貨幣価値の下落、つまり、インフレは避けられないだろう。逆説的だが、MMTによれば、政府が財政収支を気にしなくてよいのは、その気になればいつでも増税できるからだ。

ここで次の2点に留意されたい。第1に増税しなくても財政再建はできるという主張はいわゆる「上げ潮派」の主張でもある。ただし、彼らはいったん脱デフレとなれば、民間主導の高い経済成長が実現、自然に税収が増え財政赤字が解消される(財政収支がバランスする)ことを念頭におく。これに対して、MMTは高い成長を見込んでいるわけではない。自然増収ではなく増税なしには貨幣を回収できない。

第2にMMTは課税を貨幣(タンス預金)の回収とみなすが、回収の仕方に配慮がないようだ。仮に消費税や所得税でもって課税するなら、景気や成長に与える影響は甚大だろう。タンス預金に直接課税できると暗に想定しているのかもしれない。とすれば、MMTは政府に無限の課税権を認めているようにも思われる。

実際に、増税をすれば、景気に大きな悪影響を与える。では、増税をしないで、しかし国民は将来増税があると予想している状態で、財政赤字を延々と続けていくことが果たして可能なのだろうか。