売れないときは「売れないことを楽しむ」

では、多田本人は自分自身のどういうところが販売に結びついていると考えているのか。

「お客さまには言われる、多田さんは口下手だねって。それでもって、あんたのことは口下手やから信用しとるんじゃって、言われます。自分はどちらかというと聞き上手のほうかなと思います。お客さまから、いろんな情報も聞いて、それを営業に生かしています。

結局はもう、お客さまとのつながりですから。応対の仕方とか、心のつながりとか、そのへんのところが一番大事なのは変わってません。近頃は店にやってきた方と話をしとるだけです。いや、話を聞いとるだけです。店の力が大きいです。営業マン個人で重要なことは売れないときの心の持ち方ですかね。

売れないときによく思ったのは、営業だから売れないときもある。誰でもあることやから、それは当たり前だと。そのときに思っていたのは、売れないことを楽しむというような、そんな気分を持つことかな、と。これはもう営業マンにしか味わえないかもしれん」

売れないことを楽しむ。売れる人だから言える言葉だけれど、つまりは、売れないときはジタバタしない。余裕を持って待つ。買え買えと顧客に迫らないということだろうか。これからの営業、販売とは自動車に限らず、顧客に迫るのではなく、「町でいちばん」という評価を確立することではないか。(敬称略)

野地秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
(撮影=石橋素幸)
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