日本を訪れる外国人観光客は急増している。接遇を行うタクシー乗務員は、どのように英語を身につけているのか。今回、3ステップにわけて、その実態を紹介する。第3回は「実践編」だ――。(全3回)

※本稿は、「プレジデント」(2019年4月15日号)の掲載記事を再編集したものです。

無理して一文で、話そうと思わない

伊藤彰教さんは、6年前から日本交通の子会社・大国自動車交通でタクシー乗務員を務めている。5年前からは一般のタクシー乗務に加え、貸し切りで東京の観光スポットを案内する「東京観光タクシー」のサービスも担当している。同グループ約9000人の中から選抜された、観光や語学などの専門知識を持ったエキスパート・ドライバー70人のうちの1人だ。中でも伊藤さんは主に、英語で外国人客の案内を行っている。

日本交通グループ エキスパート・ドライバー・サービス 東京観光タクシー乗務員 乗務歴6年 伊藤彰教氏(日本交通=写真提供)

季節によって頻度は変わるが、だいたい週3回の乗務のうち1回は東京観光タクシーの乗務が入るという。

伊藤さんは30年間金融機関で働き、1980年代後半にはニューヨーク駐在の経験もある。しかし、「ドライバーになってからのほうが、英語を話す機会は増えました。また、さまざまな国籍や年齢層のお客様と会話するので、英語力は上達した感じがします」と話す。

伊藤さんの仕事は、外国人乗客の来日前から始まることが多い。英文で電子メールのやりとりを行い、どんなところを何時間くらいかけて巡りたいか、事前に丁寧な打ち合わせをする。東京タワーなどの定番観光スポットを回るだけでなく、「箱根や富士山、長野県の地獄谷野猿公苑、英語で茶道を体験するスクールにお連れしたりもします。ギリシャから来たワイン好きのご夫婦を、甲府のワイナリー巡りに案内したこともあります」と話す。

英語で接客するうえで、伊藤さんが意識しているポイントは2つある。1つ目は「シンプルな文法と表現」だ。「高齢の方でも、お子様でも、英語がネーティブでない人でもわかるような、わかりやすい表現を心掛けています」と伊藤さん。例として挙げてもらった、神社と寺の違いを聞かれたときの英語の回答を見ると、難しい単語はほとんど使われていない。また、一文がとても短いのも特徴だ。複雑な構文はほとんど使わず、1つのアイデアを1つの文で表す。日本語だと、「日本には主に、神道と仏教という2つの宗教があります」と言いたいところだが、伊藤さんはこれを「日本には主に2つの宗教があります」「1つは神道」「もう1つは仏教です」と3つの文に分けている。