日本の農村が衰退の一途をたどっている。この状況を変えることはできるのか。龍谷大学教授の大石尚子さんは「イタリアにも農業者の減少や耕作放棄地の増加という課題があるが、農業・農村は元気である」という――。

※本稿は、大石尚子『イタリア食紀行 南北1200キロの農山漁村と郷土料理』(中公新書)の一部を再編集したものです。

米を植える
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世界初「食」をテーマにしたミラノ万博

2015年、イタリア経済の中心都市ミラノで万国博覧会が開催された。テーマは「食」。万博のテーマに「食」が取り上げられたのは世界初だった。しかし、世界各国の食材やグルメが一堂に勢ぞろいする、というわけではない。コンセプトは、「Feeding the Planet, Energy for Life(地球に食料を、生命にエネルギーを)」。飢餓や食料安全保障、生物多様性といった人類の存続に関わる重要な課題を人々に問いかけるものだった。あらゆる人々に最も身近な「食」をテーマに掲げて、社会のあらゆる問題にアプローチする、というわけである。

テーマが発表されたのは2008年。2015年に国連がSDGs(持続可能な開発目標)を宣言することを予測していたかのようである。食の問題は、社会の持続可能性を左右する最も重要な政策テーマでもあり、SDGsの17の目標すべてに関連付けられる。そのため、国連や欧州連合(EU)などの国際組織も、ミラノ万博を食料や農業政策について各国間で議論する場と位置付け、参加活動に力を入れていた。

食と持続可能性を語るにふさわしい国

イタリアの食と持続可能性にピンとくる人は、あまりいないかもしれない。同国の食文化の特徴は、土地との結びつきと多様性にある。それぞれの地域の気候・風土・歴史が、その土壌に合った食材を育み、その特性に合った料理法、保存法をあみだし、多様で魅力的な食文化を創ってきた。そこには必ず、大地の美しい風景がなくてはならない。地域のベッレッツァ(Bellezza=美しさ)を、人々の叡智えいちで存続させてきた。イタリアは、食と持続可能性を語るに最もふさわしい国の一つである。

イタリア・ミラノ万博のシンボル「生命の樹」で行われた水と音のショー=2015年8月11日(共同)
写真提供=共同通信社
イタリア・ミラノ万博のシンボル「生命の樹」で行われた水と音のショー=2015年8月11日(共同)

本書の目的はイタリアそれぞれの地域に根ざした食の多様性を描くことにある。したがって、本書で取り上げるのは高級な食材を贅沢に使った都会的な料理よりも、農民たちの土地で採れた食材を使った素朴な料理だ。