ビジネス環境の変化が、英語の重要性をさらに高めている
ビジネス環境が大きく変化する中、英語の役割も変わってきている。ETSはTOEIC Programのほかにも、英語圏の大学・大学院への入学を希望する人の英語能力を測るTOEFL®など、約200のテストプログラムを開発しているが、そこでTOEIC Programを担うシャルマ氏、ジャー氏は、激変する世界で、英語の役割や重要性がどのように変わっているのかを語るにふさわしいといえるだろう。
TOEIC Programなどのテストプログラムを統括するシャルマ氏は、現在の労働環境で起きている2つのグローバルなトレンドが、特に大きな影響を及ぼしていると指摘する。
「1つ目は、『“職場”の分散化』です。リモートワークや(在宅とリモートを組み合わせた)ハイブリッドワークが当たり前になり、『オフィスか自宅か』どころか、国境さえ越えたコラボレーションも珍しくなくなっています。2つ目は『“スキル”を問う採用活動』です。このトレンドは以前からありましたが、今は過去にも増して、持っている“知識”よりも『課題解決ができるか』『コラボレーションできるか』『多様なステークホルダーとコミュニケーションができるか』といった“スキル”が求められるようになっています」
Senior Vice President, Global Mobility Solutions, ETS
25を超える国・地域でビジネスに携わったほか、大手コンサルティング会社に勤務した経験も持ち、TOEFLによる国際的なモビリティおよびTOEIC Programによる経済的・職業的モビリティを実現するビジネスユニットを監督。
国境を越えたコラボレーションには、高い英語コミュニケーション能力が求められる。そして採用市場においても、英語でコミュニケーションし、コラボレーションするスキルや、英語を用いて課題解決するスキルが求められるようになっている。
「これには従来のリスニング、リーディングという受動能力だけではなく、リアルタイムでの意思疎通で必要なスピーキング能力が求められます」(シャルマ氏)
居住地が、採用やチームづくりの壁にならなくなっている今、英語でコミュニケーションするスキルがないと、競争には勝てなくなっているのだ。
TOEIC Programの、試験問題作成からスコア算出まで一連のプロセスを担うジャー氏も、「グローバルの共通言語としての英語の重要性は、ますます高まっている」と強調する。「インターネットの海の中で最も使われている言語も、AIのベースとなっている大規模言語モデルの中で多数を占める言語も英語です。AIなどのテクノロジーを駆使しながら、変化するビジネス環境の中で活躍するうえで、英語はさらに欠かせないスキルになっているといえるでしょう」
Global General Manager, Institutional Products, ETS
過去に著名な教育系の企業でCEOを務めた経験を生かし、TOEIC Program、TOEFL ITP®などを主とした、ETSの団体向けの言語製品ポートフォリオのグローバル展開の責任者。
日本の英語力は“課題”ではなく“伸びしろ”と捉えて
シャルマ氏は、特に日本の成長には、英語コミュニケーションスキルが今後一層求められていくと説く。
「労働力が不足する中、優秀な人材を採用しようとすると、海外に目を向けざるを得ません。さらに、少子高齢化で国内市場の拡大は見込めませんから、日本企業が今後成長を考えるうえで、海外市場への展開は避けられません。以前とは違い、グローバル化は特定の業界や大企業だけのものではなくなっています。日本のあらゆる業界・企業にとって、今後ますます英語コミュニケーションのスキルが必須になってきます」
ただ、日本人の英語コミュニケーション力は英語を母語としない国・地域の中でも低いといわれ、今も課題を抱えている。しかしシャルマ氏は、これを“課題”ではなく“伸びしろ”と捉えてほしいと話す。
「もし日本人の英語コミュニケーション力が高まったら、どんな可能性が広がるかを想像してください。英語のスキルを習得すれば、個人にとっても企業にとっても、可能性が何倍にも広がるはずです」
スキルアップに必要なのは、信頼性の高いベンチマーク
ビジネスで武器になる、英語コミュニケーションのスキルを身につけるには、効果的な学習方法やツールなど、さまざまなものが必要になるが、中でも欠かせないのが信頼性の高いベンチマークだ。
特に、英語はコミュニケーションツールであり、1人で孤独に学習していても、自分がどれくらい前進できているか、正しい方向に進んでいるかはなかなか確認できない。「そこで役立つのがTOEIC Programです。TOEIC Programのような信頼性の高いベンチマークがあれば、目指すゴールに対してどれくらい成長できているかがわかります」とシャルマ氏は話す。
「ETSは1947年の設立以来、一貫して『測定』を追求しています。何十年もの研究をベースに、『信頼性』――何度受験しても常に同じ基準に基づいた評価結果になっているか、『妥当性』――受験者の特徴や特性、知識、スキルを定義通りに測定できているか、『公平性』――特定の言語や問題内容によっていかなる受験者も有利・不利になることがないか、という3つを満たしているか、常に検証を行っています」
TOEIC Programでも、これら3つの理念を担保するために、さまざまな分析や検証を行っている。テスト作成はもちろん、実施方法や採点、スコア算出などには厳しいガイドラインを設けており、多くの調査研究、統計分析の専門家が厳正なチェックを行って、評価の一貫性や整合性を保っている。
ビジネスに役立つ、生きた英語のコミュニケーション能力を測定できる
ジャー氏は「TOEIC Programの設問は、グローバルなビジネス環境の変化を反映している」という。
「ETSではテストの信頼性、妥当性、公平性と共にテスト問題がオーセンティックであることも極めて重要と考えており、日常やビジネスにおける実際の英語コミュニケーション場面をテスト問題に反映しています。現に、2006年のTOEICの改定では、北米以外のアクセントの導入、さらに2016年にはReadingの読解問題でスマートフォンの画面を読んで設問に答えるといった問題も取り入れています。これはグローバル社会の日常やビジネス場面での、英語の利用状況やコミュニケーション手段の変化を捉えて問題制作に生かした例です」
つまり、ビジネスの「今」の英語に基づいた、実践的なコミュニケーション能力を測ることができる。ジャー氏は「だからこそTOEIC Programの受験者は、知識としての英語ではなく、その知識がビジネスでどのくらい生かせるか、という生きた英語コミュニケーションのスキルを測ることができるのです」と力を込める。
一定の閾値をもって「合格/不合格」を決めるのではなく、今の自分のレベルをスコアで測ることができる点も、TOEIC Programのユニークな特徴の一つだ。
ジャー氏は「自身の英語スキルの進捗を測ることができるだけでなく、ビジネスの現場の多様なニーズに対応できるところも大きい」と話す。「『どのレベルの英語スキルが必要か』は、企業によっても、部署によっても、ポストによっても異なります。TOEIC Programであれば、企業が求めるレベルに応じて『このポストであれば、これくらいのスコアが必要』と採用や昇進の基準を示すことができます」。多くの企業で、採用や昇進の条件としてTOEIC Programが活用されている所以だ。
テクノロジーが進化しても英語スキルの重要性は変わらない
しかし、「英語スキルは必要なくなるのではないか」という議論も耳にする。AIなどのテクノロジーは急速に進化しており、翻訳アプリの精度も上がっているため「AIによる機械翻訳があるから、今後は英語のスキルを身につける必要はなくなるのでは」というのだ。しかしシャルマ氏は、これを明確に否定する。
「確かに、AIツールは性能が上がって便利になっています。私が初めて来日した2005年当時は、どこに行くのも何をするのも言葉が通じず苦労しました。今は、非常に楽になりましたが、それは私が日本語を話せるようになったからでも、日本の方々の英語力が飛躍的に伸びたからでもありません。スマホの地図アプリがあれば好きなところに行けますし、言葉が通じなくても翻訳アプリがあれば食事や買い物ができます。だからといって私が今、日本の会社に突然入って自分の力を発揮できるかといえば、それは無理でしょう」
観光旅行であれば、スマホの翻訳アプリで十分かもしれない。また、文書を読んだり作成したりする時など、AIツールはビジネスの効率化の手助けになる。「しかし、日本語を話さない多様な人たちとコラボレーションしながら課題解決するためのコミュニケーションのすべてを、AIツールが担ってくれるでしょうか。あまり極端に単純化しない方がいいのではないかと思います」とシャルマ氏は語る。

ETSが描く英語コミュニケーションの未来
今後もテクノロジーの進化によって、コミュニケーションの方法は変化していくだろう。そして「その中でETSも、『英語コミュニケーションを“測る”』未来を描いています」とシャルマ氏は語り、例として「個人に合わせたフィードバックとアクションの提案」というアイデアを挙げてくれた。
「その人ごとにリアルタイムで英語コミュニケーションスキルを評価することも、いずれ可能になると思います。個人に合わせたフィードバックを聞いたら、次に取るべきアクションも提案してくれたりする。そんな姿を描いています」(シャルマ氏)
ただ、どれだけテクノロジーが進化しても、コミュニケーションの基礎は言語であることには変わりないとシャルマ氏は言う。
「ETSは、そのスキルを測定することで、人びとの進歩に貢献したいと考えています。英語コミュニケーションの習熟度が上がると、雇用機会や収入増など、さまざまな機会が広がります。私たちは、より多くの人たちの可能性を広げるプログラムを提供していきたいと考えています」