窓には防弾ガラス、軍用装甲車並の防御

沙鴎一歩もこうした解説を否定はしない。ただ特別列車は、政治ショーを盛り上げる演出の大道具だったとはいえないだろうか。

65時間という長さだ。この長さを使わない手はない。アメリカ、北朝鮮、ベトナム、中国など直接関係する国だけでなく、世界中の国々が特別列車の模様を報道する。日本のテレビを見ていればそれはよく分かる。特別列車によるベトナム訪問は最高の宣伝だった。

特別列車の窓には防弾ガラスが取り付けられ、軍用装甲車並の防御がなされ、武器類も配備されているだろう。それでも移動時間と距離が長い分、狙われやすい。沿線の厳重な警備が必要である。

ルートの大半が中国国内だ。中国が警備に全面的に協力したというが、約4000キロもの沿線をどうやって警備したのだろうか。費用も人力も相当かかる。一党独裁国家という中央政権が巨大な力を持つ中国だからこそ、できたのだろうと思う。

とにかくすごいのはその中国をも後ろ楯にしてしまう正恩氏のしたたかさである。

妹を最初に降ろす正恩氏の計算力の高さ

濃い緑色に塗られた特別列車がベトナム・ドンダン駅に到着したとき、最初に姿を現したのが正恩氏の妹、金与正(キム・ヨジョン)氏だった。彼女は正恩氏とともにスイスに留学した経験があり、頭が良くて数カ国語に堪能だ。しかも行動力があり、正恩氏から一番信頼されている。

正恩氏は計算があって与正氏を先に降ろしたのだと思う。待ち構えるテレビカメラの前に自分のかわいい妹を出す。その姿は世界中に報じられる。与正氏はシンガポールの会談でも、こまめに動くその姿が何度もテレビに映っていた。だれもが兄思いの妹だと感心するはずだ。しかも女性であることがちょっとした色を添える。巧みな演出である。

仮に最初に姿を見せたのがふてぶてしい顔つきの正恩氏本人や男の側近だったとしたら、これから始まる政治ショーは盛り上らないと判断したのだろう。