監督と選手の間に生まれる「信頼」は、一朝一夕にできあがるものではない。監督の発した言葉、あるいは指示したことを選手が実際にプレーの中で実現していくことで「あっ、この選手は私の言ったことを理解してくれているんだな」と監督の中に選手への信頼感が生まれ、選手のほうも「監督の言うことを聞いていれば自分の実力が上がっていく」と監督への信頼感が育まれていく。つまり、この相互の「信頼感」こそチームを強くする要因であり、その原動力となるのが「メモ」なのである。

毎試合後、メジャーリーガーに質問しまくる

私が野球というスポーツの奥深さを知り、本気でその本質を考えるようになったのは、南海ホークスでドン・ブレイザーに出会ってからだ。

野村克也『野村メモ』(日本実業出版社)

当時は、メジャーリーガーと接することなど夢のまた夢という時代だった。だから、私はアメリカからやってきたブレイザーとその通訳を毎試合後食事に誘っては、本場の野球に関する質問を投げかけまくった。

ブレイザーと交わした会話で鮮烈に記憶しているのは、彼が私に対して最初にしてきた質問である。ブレイザーは私にこう聞いてきた。

「ムース(と私は呼ばれていた)、君が打者でヒットエンドランのサインが出たらどうする?」

私は、「そりゃ、空振りや見逃しをしたら走者が刺されてしまうから、意地でもゴロを打つよ」と答えた。

野球の奥深さを外国人選手から学んだ

するとブレイザーは「それだけか?」と言う。当時の日本の野球は、私が答えたような内容までしか考えが及んでいなかった。私が答えに窮していると、ブレイザーはこう続けた。

「一塁走者が走ればセカンド、ショートどちらかが二塁ベースに入る。私なら、その空いたほうを狙ってボールを打つ。つまり、セカンドがベースカバーに入れば一二塁間を狙い、ショートが入れば三塁間を狙うわけさ」

これは、現代野球では小学生でも知っているような当たり前の考え方である。しかし、当時は私たちプロ野球選手もそこまで考えが及んでいなかった。

その時、私は「メジャーリーグはやっぱりすごいな」と感心すると同時に、「でも、セカンドとショート、どっちがベースカバーに入るのかわからないな」と疑問に感じたのでそれも聞いてみた。

するとブレイザーは「一塁走者が盗塁するかのようにフェイントをかける。そうするとセカンドかショート、どちらかが動くだろ。打者はそれを見て判断すればいいんだよ」と答えた。これが、私が野球の奥深さをブレイザーから学んだ最初の出来事である。