まずゴーン氏の貢献の1つ目は、日本企業に新たなグローバル・リーダーの姿をわかりやすく提示したことです。グリーバル・リーダーの1つのロールモデルを見せてくれました。

2つ目は何よりも日産の業績を大きく改善させたことです。忘れている人が多いようですが、ゴーン氏が来る前の日産は赤字続きで、売り上げは現在の半分程度、株価も現在の半値以下でした。日本人のトップが幾度となく再生プランに挑戦しては、達成できずじまいだったのです。

そしてルノーとアライアンスを組んだことで、世界トップ2のグループ企業をつくったことも大きな貢献です。過去平均の収益率がマイナスだった会社を、規模感でいえばグループとして世界トップ2に押し上げたという業績は公正に評価すべきでしょう。

3つ目は、やや特殊とはいえ、ルノーと提携することで国境を越えた企業協調の新しい形を提示したことです。ピラミッド図の「アティテュード&オリエンテーション」の中に「コグニティブ・コンプレキシティー(認知的複雑性)」という要素があります。これは「複雑なことを複雑なままで認識できる能力」のこと。ビジョンを考えるリーダーには、とても重要な能力です。混沌と絡み合った複雑な現実をそのままとらえ、そのなかから、「どこへ向かうべきか」というビジョンを示すのです。この能力がないリーダーは、「お前、右か左か、どっちなんだ」というように、自分に上がってくる情報を単純化することを要求しますが、本当に優れたリーダーは複雑なものを複雑なまま理解・把握し、「右に行こう!」というようなシンプルなビジョンを示すことができるのです。

複雑かつ絶妙なバランス感覚があった

ゴーン氏は、ルノーと日産のアライアンスを、買う・買わないというシンプルな買収にせず、「戦略的アライアンス」という微妙な位置付けをとりました。つまり形式要件と運用を分けたわけです。形式要件でいうと日産はルノーの子会社ですから、本当は買収です。しかし運用はアライアンス型で、「日産を尊重する」という姿勢を維持してきました。これをマネージできたのは、ゴーン氏の認知的複雑性の能力が高かったからだと考えられます。

これがもし完全な買収だったとしたら、日産の社内では「なぜ日産より規模が小さいルノーのいうことを聞かなければならないんだ」という反発が当初から生まれ、日産側はやる気を失ってしまっていたでしょう。日産もルノーも、業界競争構造上、単独で戦うことは難しいのですが、この複雑かつ絶妙なバランスを維持することができたからこそ、両者とも現在のポジションを獲得できたと思われます。

グローバル企業のリーダーには、大気圏くらい高いところから地上を俯瞰的に見下ろす力と、必要に応じて地に足をつけて現実を見る力の両方が必要です。日本の経営者は地面に立つのは比較的得意なのですが、大気圏から地表を見下ろせる人が多くないようです。ゴーン氏は大気圏と地面の両方を自由に行き来できる稀有な人です。とはいえ、最近のゴーン氏への現場の情報は、細く限定的になっていたとも耳にします。もしそれが事実であれば、それは経営者の交代の時期ということなのかもしれません。

池上重輔(いけがみ・じゅうすけ)
早稲田大学ビジネススクール教授
早稲田大学商学部卒業。一橋大学より博士号(経営学)を取得。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、MARS JAPAN、ソフトバンクECホールディングス、ニッセイ・キャピタルを経て2016年より現職。編著書に『カルロス・ゴーンの経営論』。
(構成=長山清子 写真=AP/AFLO)
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