「やりたいことがない」のは不幸

――本書の「追跡章」でさらに詳しく語られるところでもありますね。

【清武】言ってしまえば、「上がりの人々」と言われる彼らには、真にやりたいことがもうないんです。私たちが楽しいと感じるのは、仕事を持ち、家族や友人を持って、「新しい仕事を成功させたい」「マイホームが欲しい」など、夢を実現させたいと考え、行動している時ではありませんか。しかし、超富裕層で守りに入った人々は仕事も成功し、カネで解決できることはなんでもできてしまう。やりたいことがないのは、不幸ですよね。

『プライベートバンカー』著者の清武英利氏

かつて日本でも「最高の人生の見つけ方」という映画が話題になり、死ぬまでにやるべきことを列挙した「バケット・リスト」が注目されました。夢を描いて、ひとつずつ実現することが人生の旅だ。あなたにそのリストはありますか、と映画は問いかけている。もちろん、超富裕層にもその問いは投げかけられている。この映画では、最後に残ったリストの上位に「家族の幸せ」がある。富や税のために異国に渡り、そこで家族に逃げられてしまっては何のために生きているのか、と。

そして、取材して痛感するのが、どれだけカネを得ようが、「食べるものはさほど変わらない」ということです。

超富裕層だってメザシと納豆の飯がいい

シンガポールには、日本食が手に入るスーパーの「明治屋」があり、駐在員はそこでパックの寿司や刺身、それに日本のビールを買って飲む夕食を楽しみの一つとしています。明治屋には超富裕層もやってきてメザシと納豆を買っていく。日本人としてDNAに刻まれた食の好みはきっと同じなんですよ。

――日本人として生まれたのであれば、日本の空気や食の恋しさからは逃れられないということでしょうか。

【清武】ええ。そして、先ほどバケット・リストの話をしましたが、実は当人も気づいていない、「裏の1位」があります。故郷の土に眠りたい。畳の上で死にたい。つまり「日本で死にたい」ということです。年をとって病気がちになれば日本の高度な医療を受けたくなるし、大事な人の死に立ち会えないことも増える。死が現実的になった時に、自分の死に方が脳裏をよぎるのではないでしょうか。

超富裕層でも、行き着くところは「普通の幸せ」なのかもしれません。本書で彼らの人生を追って気づいたことは、大金持ちでも幸せとは限らない、いえ、大金持ちだからこそ、かなえることが難しい幸せがある――ということなのです。

清武英利(きよたけ・ひでとし)
ノンフィクション作家。1950年宮崎県生まれ。立命館大学経済学部卒業後、75年に読売新聞社入社。青森支局を振り出しに、社会部記者として、警視庁、国税庁などを担当。中部本社(現中部支社)社会部長、東京本社編集委員、運動部長を経て、2004年8月より読売巨人軍球団代表兼編成本部長。11年11月、専務取締役球団代表兼GM・編成本部長・オーナー代行を解任され、係争に。現在はノンフィクション作家として活動。『しんがり』(講談社ノンフィクション賞受賞)『石つぶて』(大宅壮一ノンフィクション賞受賞)など著書多数。
(取材・文=プレジデントオンライン編集部 写真提供=講談社)
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