「日本は周回遅れ」というマスコミ言説は的外れ

【安井】グーグルやアップルに対抗して、「上空」にも攻め上がるという必要はありませんか。ドイツは米国に対抗して、「インダストリー4.0」を提唱し、日本は出遅れているとさんざん指摘されています。

東京大学大学院の藤本隆宏教授(左)と安井孝之氏(右)

【藤本】ドイツの「インダストリー4.0」は日本でやや誤解されていると思います。ドイツ政府や研究機関、大学の指導者の話を聞く限り、ドイツの狙いは、(1)米国勢に「上空」の制空権をほぼ握られていることを前提に、(2)ドイツの強大な輸出競争力(日本の2倍以上の輸出額)を支える「地上」の国内現場や中小・中堅企業が米国系ICT企業の下請けにならないように、(3)インターフェースとなる「低空」層に強大なファイアーウォール、いわば防空圏をつくることのようです。工場の完全自動化それ自体は彼らの当面のゴールではない。その意味でも、「ドイツの工場はすべてデジタル化され、日本は周回遅れ」という一部マスコミの言説は的外れです。

【安井】「低空」の戦いというのはどういうものでしょうか?

【藤本】この戦いの主役企業は「地上」の現場にも「上空」のICTにも関わっている企業で、米ロックウェルや三菱電機などは従来この領域で強かったのですが、いま存在感を増している大物は米国のGEとIBM、そしてドイツのシーメンスあたりでしょう。そこに日本勢がどう加わっていくかが課題です。GEやIBMが米国を軸にグローバルに攻めようとしているのに対し、ドイツは欧州プラス中国ぐらいまでは抑えたいという考え方でしょう。一方、日本勢はまだどう攻めるかという戦略を描き切れていません。日本の場合、「地上」には世界的にみても優良な現場が多いわけですから、「低空」における標準化等での主導権を米やドイツのみに握られる事態は避けたいとことでしょう。戦略的に構想するならば、日本の設備が多く入っている日本国内と東南アジアなどについては、日本から「低空」の標準化について提案し、仕掛けていく必要があるでしょう。三国志的な言い方をすれば、日米独の「天下三分の計」に持ち込むことを日本勢は念頭に置くべきだと思います。

【安井】たしかに「上空」の盟主企業であるグーグルやアップル、アマゾンというような会社が日本で近い将来生まれるかどうかは難しそうですね。そこを目指すというよりも、日本の強みを生かしつつ、「低空」にまで攻め込まれない手を打つべきだということですね。それなのに「IoT時代になるともうだめだ」と早合点するのは問題ですね。

【藤本】これは現場の問題ではありません。まさに経営の問題です。世界で起きていることを正確に把握し、自社の現場をよく知り、的確なアーキテクチャ戦略を立てる必要があります。「低空」の戦いでは一定の勢力を確保し、たとえば「天下三分の計」に持ち込み、「上空」のICT盟主企業に制空権を握られてもなお、「地上」でのものづくり能力構築の強みを生かし、強い補完財企業、端末企業、部品企業などとして活路を見出していくことは可能だと思いますし、実際にそうした日本企業の例は身近に存在すると思います。

藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授。1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学ものづくり経営研究センター長。専攻は、技術管理論・生産管理論。著書に『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)などがある。
 

安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト。1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立、フリー記者に。日本記者クラブ企画委員。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
 
(写真=AP/アフロ)
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