EVの長所だけをみていると将来予測を誤る
【安井】世界の自動車産業がここにきて電気自動車(EV)の開発を加速しています。ディーゼル車の排ガス不正問題が起きた欧州、大気汚染が激しい中国などで政府が主導し、EVの普及に弾みがついています。スポーツタイプのEVを発売していた米国テスラも大衆向けのEVを売り出しました。ハイブリッド車(HV)やガソリン車などでは強かった日本メーカーがEV時代に競争力を失うのではないか、という見方があります。
【藤本】競争力について論じる前に、将来のEV市場の規模について考えてみましょう。ここでは、ハイブリッドの電動車は除き、したがって内燃機関の発電機を積んでいるシリーズハイブリッドやレンジエクステンダ―も含めず、二次電池だけで動くいわゆるEVに絞って考えます。今のEVは、むろん長所も多いが、電池のエネルギー密度、航続距離、充電時間、電池の劣化など短所も多く、これらの短所を克服する革新的な次世代電池が実用化するのか、もし実用化するならいつになるかなど、多くの不確定要素が存在します。
したがって、2020年代に、1億台を超えているであろう世界の自動車市場の中で、EVがどのぐらいのシェアを持つかについては、精度の高い予測は今は不可能です。少なくとも、EVの長所だけを並べて、だからすぐにもEVが自動車市場を制覇する時代が来るような印象を与える一部の報道は正確ではないと思います。今の時代は複雑で、EVの場合もプラス面とマイナス面をバランスよく見ないと、流れを読み損ないます。ちなみに、2016年の世界のEV生産台数は約50万台で、世界市場は9400万台ぐらいなので、シェアは0.5%です。
こうした足元の数字と、世界で250兆円を超えるという世界の自動車産業の規模感を頭に入れた上で、簡単な思考実験をしてみましょう。比較的よく見る将来予測は、2030年のEVのシェアは20%程度というものです。本来、その時点での二次電池のエネルギー密度を仮定する必要がありますが、現段階ではそれは予想がつきません。したがって、たとえば2030年のEVのシェアの予測値は、予測ともいえないラフな予想に過ぎません。したがってその数字は、10%ぐらい、20%ぐらい、30%ぐらいなど様々ですが、少なくとも専門家の予想を見る限り、80%だ、100%だ、といった高い数字は見たことがありません。そこで以下の分析では、最近よく見る20%と言う数字を仮置きすることにしましょう。
論理的に考えれば日本の自動車企業は壊滅しない
【藤本】すでに述べたように、現在の世界市場は年間販売台数が約1億台弱で250兆円規模です。これが2030年になると、大都市ではシェアリングにより需要が減るという説もありますが、これは世界市場の一部での現象であり、大局を見るなら新興市場はまだ成長するので、少し固く見積もるとして、2030年の年間販売台数は1億2000万台と大まかに予想することにしましょう。仮にその20%がEVだとすればEVは2400万台、残りの9600万台、ほぼ1億台のうちほとんどは、ガソリン車やディーゼル車、パラレルハイブリッド、プラグインハイブリッド、シリーズハイブリッド、レンジエクステンダ―など、何らかのエンジンが搭載された車という計算になります。
この計算通りになるとすると、モーターだけで動くEVは確かに増えて60兆円規模(1台250万円で計算した場合)というものすごい巨大市場となっている。だとすれば、どの企業も国も、EVでの競争では絶対に負けられない、というのはまさにその通りだと思います。しかし反対側から見れば、エンジンを積んでいる車もなお1億台、単価が今と同じと仮定するなら、250兆円の市場があるということです。
このように、未来の事象は表裏の両面から見る必要があります。片方からだけ一方的に見て、「電気自動車が自動車市場を支配する→日本メーカーは電気自動車では競争力を失う→日本の自動車企業は壊滅する」といったセンセーショナルな話をしたがる向きもありますが、以上のような簡単な思考実験をしてみても、それが怪しげな議論であることは即座にわかるでしょう。仮に、いま世界で30%ぐらいのシェアを持つ日本企業がEVで完敗するというワーストシナリオでも、残りの「エンジン付き」の部分で頑張っていれば、2030年に3000万台ぐらい作っている可能性はあるわけです。