エンジン部品はすぐになくなってしまう?

【安井】2030年の時点でもエンジンを積んでいる車の市場は現在の市場規模とほぼ同等ということですね。

【藤本】エンジンの部品をつくっている鋳物屋さんが、「テレビでEVの話を見たんですが、鋳物部品はもうすぐなくなっちゃうんですか」と心配そうに聞いてきたので、「そんなにすぐにはなくならないですよ」と話してあげました。今の時代は、重さのないICTの世界と重さのある物財の世界が連結して複雑な相互作用を引き起こす「ややこしい時代」です。こういうときは、複眼的な思考が必須で、一方的な見方で経営戦略を考えると間違えます。裏と表から両にらみで見ていくことが大切です。

東京大学大学院の藤本隆宏教授

ただ、2030年になってもエンジンを載せている車が今と同じぐらいの市場規模があるといっても、エンジン規制も環境規制もさらに厳しくなるのでエンジン技術の競争力を高める努力は、さらに加速させる他ありません。この領域では、日本企業はそう簡単に負けないと思いますが、その一方で、EVも圧倒的に巨大な市場に育っている可能性があるわけですから、この分野でも日本メーカーは絶対に負けてはいけないと考えているはずです。

【安井】一方にかじを大きく切ってしまうわけにはいかず、両にらみで経営をしていかなくてはならないとなると大変ですね。これまで強かった分野もさらに強くし、EVなどの新しい分野でも負けないように努力しなければいけない。EVについてはモーターと電池があれば作れるので、誰でも作れるからライバルがどんどん出てくるという見方もあります。

「ゴルフカート」とは根本的に違う

【藤本】確かに、低速で極限的な機能も要求されない、いわゆる「ロースペックEV」であれば、構造は大幅に単純化され、標準部品を多く含むモジュラー型(寄せ集め型)の製品が増え、調整能力やチームワークで勝負する日本の開発生産現場は「設計の比較優位」を失うという予想は、設計論的にも貿易論的にも成立します。特に、モーターが車輪の中に入ってしまう「インホイールモーター」になれば、車の動力伝達部分は圧倒的に簡素化され、車の車体設計の自由度もそのぶん画期的に高まるでしょう。

しかし、生活道路も高速道路も走り長距離走行もする、高性能仕様の「ハイスペックEV」の場合は、設計論的に考えても、そんなに簡単ではないと思います。つまり、ゴルフ場のゴルフカート的な車をつくるのは完全な寄せ集め設計でも難しくはないと思いますが、1トン以上の車が道路という公共空間を時速100キロ以上で走るとなると、作るのは格段に難しくなります。

【安井】日本勢では日産自動車がEVの「リーフ」を生産し、EVに本格参入していますが、日産の技術者もEVをつくるのは簡単ではない、と話していました。初代リーフの発売から7年たってようやく「普通の車」になったわけですからね。将来の自動車産業の姿をどう予測されていますか?