三菱マテリアルや神戸製鋼所、日産自動車など、日本の製造現場への信頼を揺るがせる「不正」が相次いで発覚している。しかし、東京大学大学院の藤本隆宏教授は「問題の原因を『現場力の低下』に結びつける論調はおかしい。むしろ日本の『現場力』は10年前に比べて格段に高まっている。いまの論調では『風評被害』を引き起こす」と指摘する。藤本教授と元朝日新聞編集委員・安井孝之氏の連続対談をお届けする――。(第1回)
調査結果報告書提出後の記者会見で、謝罪する日産自動車の西川広人社長(手前)ら。11月17日、日産自動車の本社(横浜市西区)にて。(写真=AFLO)

因果関係の推論が間違っている

【安井】日本の大手製造業の検査・品質管理部門で不正が相次いでいます。生産性が高く、品質も高いモノづくりが持ち味だった製造業の現場がおかしくなっているのではないか、という指摘がメディアや経営者、政治家、監督官庁から出ています。今回の事態をどのようにご覧になっていますか。

【藤本】こうした法令や規則、契約上の逸脱行為は断じてあってはならない、許されないものです。しかし、私は最近のものづくり現場に関する言論や見方にはとても危機感を持っています。もっと科学的に、論理的に事実を踏まえて、議論すべきなのに、重要な部分で、因果関係の推論が間違っているからです。

【安井】どういうことでしょうか。

【藤本】今回、検査や品質管理部門で不正が起きました。より正確に言えば、品質不良を起こす可能性のある不正行為が、次々と発覚しました。つまり、「品質不良」が「発生」したのではなく、その原因となりうる、法規や契約に対する「逸脱行為」が「発覚」したわけです。

ところが、その逸脱行為の発覚を「原因」として製造現場がおかしくなり、品質問題が起きたり、競争力が弱くなったりしているのではないか(いずれも「結果」)という指摘があります。これはまったくおかしな理屈です。あるいは逆に、現場力の低下が「原因」で逸脱行為が最近発覚した、という議論だとしても、それがあり得ない因果関係だということはすぐにわかります。

「30年前から製造現場がおかしい」という証拠はない

【藤本】今回の不正は10年前、場合によっては20年、30年前から行われていた可能性が高いものです。もしもそうならば、20年、30年前から、その製造現場の品質作り込み能力や検査能力がそれまでより低下し、その結果、品質不良が増加したという話になるはずです。しかし、私が長い間、製造現場を観察している限りにおいて、今回、問題を起こした3社(※)が、この期間、客観的に測定された品質不良という点で、国内外の競合他社に比べて劣っていたというデータは今のところ見つかっていません。

※編注:藤本教授へのインタビューは11月10日に行った。ここでの3社とは日産自動車、SUBARU、神戸製鋼所を指す。その後、11月24日に三菱マテリアルが検査データの改竄問題を発表し、問題が発覚したのは4社となった。

つまり、品質不良につながるような「現場力」すなわち「ものづくり組織能力」「競争力」の低下が、その時期に起こっていたいう客観的証拠は、現段階では出てきていません。いずれにせよ、「不正の発覚」が最近続いたことが「現場力の低下」の原因あるいは結果であると推測することは、長期と短期の混同、発覚と発生の混同、時間的な前後関係の逆転など、議論の混乱を伴っており、論理的にも科学的にも妥当ではありません。

【安井】今回の不正がきっかけで、日本のものづくり現場全体がおかしくなっている、と見られてしまうのは問題ですね。

【藤本】学者も含めた言論界が不用意な発信をすれば、結果的に、中小企業を含む地域の優良な現場まで、ある種の風評被害で国内外の発注が少なくなって、仕事や雇用を失う事態になりかねません。また、今回の問題は、構造的に複雑な問題であり、その解決のためには、問題発覚企業のみならず、安全に関わるすべての企業や官庁が、今やるべきことを確実にやる必要があります。

その意味でも、私を含め言論界もまた非常な緊張感をもって正確な測定や科学的推論を行うことが必須です。つまり、当該逸脱企業だけでなく、製品安全に関わるすべての製造企業、顧客企業、監督官庁、言論界、これらすべてが強い当事者意識を持って慎重に行動すべき、非常に厳しい局面が続くと私は考えます。