コスト競争力では中国工場に追いついている

【安井】日本経済が「失われた20年」といわれた時代も、日本の製造現場はずっと競争力を増してきたと主張されていましたね。

【藤本】日本のすべての現場が良くなっているとは言えませんが、良い現場はずっと競争力を強めています。急激に円高が進んだり、隣接する低賃金人口大国であった中国が急に市場経済に参入してきたりして、日本の製造業はすさまじいハンディを背負って戦ってきました。

東京大学大学院の藤本隆宏教授

製造現場での人件費で比較すると、90年代には中国は日本の20分の1といわれた時代がありました。その中で、良い現場は生き残りのため、2年で競争力を2倍、3年で3倍、5年で5倍といった勢いで物的生産性の向上の努力をしていました。一方、中国の工場の賃金も、2005年ごろから農村地域から工業地域への労働力の無制限供給が終わって、5年で2倍ぐらいのペースで上昇を始め、日本の国内現場の賃金ハンディは縮小に転じました。

生産性と賃金、この2つの変化の結果、多くの国内優良現場は危機的状況を脱し、2010年ごろには生産革新で先端的な国内工場に関しては「コスト競争力で中国工場に追いつきました」という声をあちこちで聞くようになりました。その動きは今も続いています。もう国内では製造業が成り立たないから海外シフトをすべし、という声が充満する中でも、日本の良い現場はその間も生き残るために競争力を増してきた、というのが私の見方です。

「日本の製造業はもうだめだ」論はもう古い

【藤本】すでにこうした国内優良現場の競争力回復の動きは10年前には始まっていたのですが、その「潮目の変化」を最初に察知したのはやはり、戦っている当の現場あるいは現場重視の企業でした。一方、言論界に、10年前で思考が止まったかのような「日本の製造業はもうだめだ」論がまだ存在するのは驚くべきことです。固定観念にとらわれず、現場の現実をもっと見るべきです。

【安井】日本の製造現場にはあまり問題はないということですか。

【藤本】そうではありません。私の立場は「慎重な楽観論」です。良い現場は強くなっていますが、そういう現場でも問題は山積です。また、世の中はいろいろですから、他方に、能力構築の進まない弱い現場もあります。