有能な弁護士は「求められるレベルを高く解釈」
冤罪を阻止するという強固な意志で結ばれたからこそのチームプレー。そのときの若手弁護人の言葉が忘れられない。
「自分が足手まといになったら、この裁判は負ける。無罪の人が殺人犯になる。その使命感と……あとは自分のためですね。また私と組みたいと言ってもらえるように、求められたレベルを高く解釈したんです。ここまでやれってことですよね、と」
ここまでやっておけば問題ないところで終わらせず、検察が反論してきた場合を仮定して資料を作成する。証人がのらりくらりとかわしにかかったとき有効な資料はないかと探す。裁判員たちに熱く語りかけ、“有罪”に傾きがちな気持ちを引き戻すための決め台詞を用意する。実際に使われたのは一部だが、そのあたりはちゃっかり計算済みだ。
「それでいいんです。カツカツじゃ、資料を使いこなしたリーダーの手柄になりますけど、余るほどあれば、私の存在なしに勝利はなかったと思ってくれますから」
上司に頼まれる仕事は、やりがいのあるものばかりではないだろう。下っ端はつらいよとボヤきたくもなるだろう。でも、誰でもできそうなつまらない仕事にも自己アピールの種はある。若手弁護人が使った“過剰さ”の演出はその好例だ。
「ここまでやれとは言ってない」と上司は言うかもしれない。表面上は叱るポーズを取るかもしれない。だが、命令したとおりやったところで、上司にとっては当たり前の仕事をしたことにしかならない。
その点、やり過ぎな部下なら上司の心に爪痕を残すことができる。先を読み過ぎでも張り切り過ぎでもゼロよりいいではないか。求められるレベルが低ければ、過剰に見せかけるのはたやすいし、やることはやっているのだから“ダメ社員”のレッテルも貼られにくい。
そして、本当の勝負は上司にとって重要な案件に絡むことを頼まれたとき。ここで日頃の過剰さを捨て、必要にして十分な資料を作成するのである。カツカツの資料で案件を無事にクリアできたら、上司の手際が際立つからだ。
あなたの貢献度を知っているのは上司だけ。そんなことが何度か続いたら、有能な部下として認められ、つまらない雑務は他の部下の仕事になっていくだろう。